恋するつぶやき

恋する不安が少しでも落ち着きますように。彼のキモチと彼女のココロについてつぶやくブログです。

カテゴリ: 音信不通

ほとんど突然
彼から連絡がこなくなって

彼の気持ちが見えなくなって
彼という人がわからなくなって

ネットを検索したり
友だちに相談したり
恋愛の本を読み漁ったり

そうすることで
安心できるならば
それでいいのだけれど

安心どころか
ますます不安になって
 
ますます
彼の気持ちが
見えなくなってしまうことも
ある。




そんなときに
気をつけたいのは

熱くなりすぎないこと。

沈黙してしまった彼に
不安が募って
焦ってじたばたすると

自分ばかりが
どんどん熱くなる。

自分が熱くなればなるほど
彼のことが
どんどん冷たく感じる。

ちゅんちゅんに熱くなった心が
人の温もりを感じるためには

そのちゅんちゅんの熱さよりも
もっともっと
熱くなければいけない。

彼の心が
彼女に対して
彼女以上に
ちゅんちゅんに熱くなったら

仕事ができなくなってしまう。

だから
いつまでたっても
何を見ても読んでも
誰に相談しても
何度思い返しても
どんなことを振り返っても

彼の心は
もうすっかり
冷えきっているように思える。

そうとしか
思えなくなってしまう。





彼の心がわからなくなった
ということは

彼の温もりを
感じられなくなったということ。

彼の愛情のあたたかさが
感じられなくなったということ。

それくらい
自分ばかりが熱くなりすぎている
ということ。




だったらまず
自分の熱さを元に戻すこと。

ちゅんちゅんの熱を
いったん冷ますこと。

熱すぎず
冷たすぎず
いつもの
自然体のときの体温に戻れば

冷たいと思った彼の温もりを
感じられるようになる。

冷めたと思った愛情も
また感じられるようになる。

そうしてはじめて
見えてくることがある。

思い返して
あぁそういうことだったのかと
誰に保証してもらわなくとも
ちゃんとわかるようになる。




最初はかすかな
だけど確かな
彼のその温もりによって

ほかほかと
やさしく
ちょうどよく
あたためられた心には

彼を愛する気持ちが
春を待つ蕾のように
ふっくらと
また膨らんでくる。


そういう風に思います。


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いつも
ブログを読んでくださり
コメントを書いてくださったり
メッセージをいただいたり

ありがとうございます。

なかなか更新ができないまま
コメントやメッセージへの
お返事もできないままでいますが

いただいたものは
すべて拝見しています。

メッセージの中には
更新が止まっていることで
私の消息を心配してくださるものも
少なくなかったのですが

体調を崩したとか
精神が壊れたとか
そういうことでは全くなく

ただ
毎日多くのご相談をいただき
たくさんのお返事を書き
それだけで
「書く」ということが
いっぱいになり

ブログを書くまでに
なかなか至りませんでした。

更新が止まったブログでも
読んでくださったり
コメントやメッセージをくださったり
信頼して
ご相談くださる方がいることを
ありがたく思っています。


--------------------------------

 
最近あらためて
「音信不通」について
考えていました。



失恋も辛いし
浮気されることも辛い。

でも
音信不通の苦しみは
それとはまた別の

もしかしたら
最も壮絶なものではないか
と思うことがあります。

理由もわからず
いきさつもわからず
今どうなっているのかも
これからどうなるのかも
わからず

尋ねることも
話し合うことも
責めることも
先に進むこともできず

あきらめられず
ふんぎりがつかず

すべてに
靄がかかったような
わけのわからない中で

「愛する人に拒絶されている」
という事実だけが
突きつけられている状況は

ほんとうに
とても苦しいものです。

きっぱりと
別れを告げられて
失恋してしまう方が

そのときは苦しくて
たくさん泣くかもしれないけれど

それでもたぶん
音信不通よりは
ずっとましです。






音信不通になった人は

ネットで検索したり
人に相談したり
恋愛についての本を読んだり
占いやスピリチュアルなものに頼ったり

ありとあらゆることをして
その苦しすぎる
あいまいな状況から
なんとか抜け出そうとします。

どうなっているのか
どうしたらいいのか
どうなるのか
そして
彼は何を考えているのか。

でもそこに
絶対的なこたえはありません。

それはほんとうに
人それぞれのことで

音信不通から抜け出せる
確実な方法もありません。




だからなおさら
苦しい。

深くて暗い沼の中に
突然沈められて
溺れて息絶えてしまえば
まだ楽なものを
ずっと
もがき続けているような

息苦しさと
重苦しさと
打ちのめされたようなショックを
抱えたまま

毎日を
生きなければならない。

音信不通というのは
ほんとうに
苦しいものです。





鉛のかたまりを
飲み込んだような
その苦しみの中で

信じられること
たしかなことが
もしあるとしたら
それは

自分の中に残る
「生きるための力」です。




悲しくて
寂しくて
みじめで
みっともなくて
消えてしまいたい気持ちで

いちばん愛してほしかった彼から
たったひとことのLINEですら
もらえない自分が
無価値に思えて

何をしていても
そのことが頭から離れず
胸が詰まり
息が苦しくて
ふとした瞬間に
涙がこぼれそうになって

泣きながら眠りについて
連絡がある気がして
夜中にたびたび起きて
朝目が覚めれば絶望で

それでも
なんとか力を振り絞って
日々を生きる、

その
エネルギーが
自分に残っていること。

泣きたいだけ
泣いているわけにもいかない
眠れず食欲がなくても
起きて会社に出かけて
仕事をこなして
泣くのをこらえて
ときどき愛想笑いもして
着替えて歯を磨いて
お風呂に入って
身体と髪を洗って

立って
歩いて
声を出して
息を吸って吐いて

心はもう
潰れてしまっているのに

それでも
なんとか
毎日を乗り越えている

自分の
その生きるエネルギーを
信じてください。





すべてがあいまいで
すべてが宙ぶらりんで
何もかもが
わからなくなってしまった
真っ暗な闇の中で

この自分という存在が
たしかに
生きることをしている。
生活の営みを続けている。

それどころか
あいまいな音信不通から
なんとか抜け出そうと
出口を求めて

もがいたり
あがいたり
じたばたしている

その
生きるエネルギーの強さ。

ただ日々を暮らすだけで
精一杯なはずの
体力と精神力でも

まだ
愛を求めようとする
そのエネルギーの強さを
信じてください。

その強さがあれば
きっと
乗り越えていける。

ちゃんと明るい未来に
辿り着ける。

そう
信じてください。






どんなに苦しく
どんなにあいまいな状況でも
信じられるものは

自分自身の
生きるエネルギーです。

生きようとする力。
愛を求める力。
幸せに手を伸ばそうとする力。

次に絶望がやってくるまでの
ほんの10分間だけでもいいから

苦しみの中で
まだこんなに
生きようとしている
幸せになろうとしている

自分自身の
その力の強さを
信じることができたら
それが

音信不通という暗闇の中で
たったひとつ灯る
小さな明かりになるのだと

そういう風に思います。





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先日、この記事に 
「彼から連絡がきました」という
コメントをいただきました



連絡がきたことと、
彼の仕事がいい方向に
進んだであろうことは
もちろんうれしいことですが

それよりも
もっともっと
大切なことがあります。

それは
「自分を取り戻す」ということ。


というかもう、
この1ヶ月は待ってませんでした。
彼から連絡が来たのも、
彼との思い出のアパートを出ようと
今日新しい住まいの
申込をしたとたんでした。

依存でしかなかった私が
自分のために
自分の喜ぶことを始め、
自立に踏みたった瞬間のことでした。



彼はどうしているのか
彼は何を考えているのか
彼はなぜ返事をしてくれないのか
電話に出てくれないのか
彼は私をどう思っているのか
彼はいったいどんな人だったのか

連絡がとれなくなった彼を
あれこれを想う時間は

あまりにも長く
そして
終わりのないものです。

仕事中も
日常生活も
友達といるあいだも
気づけばずっと
それこそ
朝起きてから眠るまでどころか
寝ている時間さえも
彼の夢ばかり見ているような

そんな風に
彼のことを
彼のことだけを
思いわずらっているその時間に

失われていくものが
あるのです。

それは
自分の人生の時間。
自分の心で感じるということ。





彼のことを考えて
胸が押し潰されそうになりながら
口にいれた食事は

どんな味がしていたのか。
どんな香りがしていたのか。

彼の気持ちを想像して
絶望したり
また希望をもったり
あっちとこっちに揺れ動きながら
過ぎていった日々に

見逃していたものは
何だったのか。
どれだけあったのか。

感じるはずだった風
嗅ぐはずだった雨の匂い
思いきり吸い込むはずだった新鮮な空気

気づけるはずだったよろこび
持てるはずだった共感

彼のことを考えていたぶんだけ
自分の人生から
こぼれ落ちてしまったものが
きっとたくさんある、

そのことに
早く気がつかないと

心が
どんどん空っぽになってしまう。

空っぽの心で生きる人生は
どんどん虚しくなってしまう。

そうして
その虚しさを埋めるために
もっともっと
彼のことを考えたくなってしまいます。





「結婚や妊娠のために
 時間を無駄にするな」
と言いたいわけではありません。

連絡がとれなくなっても
会えなくなっても
それでも
彼が好きなのなら
好きでいればいいのです。

誰に遠慮することじゃない、

好きな人なのだから
好きでいればいいし
待ちたいなら
待っていたらいい。

あきらめられないなら
無理にあきらめなくてもいい。

堂々と
好きでいたらいいのです。
 
ただし
そのあいだも
ちゃんと人生を生きること。

彼のために
自分の人生から
大切な何かが失われるようなことが
ないように

自分の人生の時間を
しっかりと生きること。

味わうこと
感じること
気づくこと
考えること
頑張ること
出会いたい人に出会うこと
話したい人と話すこと
大切な人を大切にすること
共感すること
手を差し伸べること
悼むこと
祈ること。 

彼のことがまだ好きなら
好きなままでいいから

一日を
自分のために生きること。

生きるということの基本。
恋愛よりも
結婚よりも出産よりも
何よりも大切なこと。

簡単なようでいて
意外と
できていないこと。
 
人のことよりも
自分について考えるために
時間をつかうこと。

自分の命を
生きるということ。




そうすることができてはじめて
 
誰かを愛することの
最初の一歩が踏み出せる、

どんな彼でも
愛していけるだけの
エネルギーが満ちてくるのではないかと 

そういう風に思います。





コメントをくださったいちごさん
ありがとうございました。

いつも
コメントくださる皆様も
ありがとうございます。 
お返事ができていませんが
うれしく心強く
またときどきは
心配したり祈ったりしながら
すべて拝見しています。



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この連休のあいだに
うれしいお便りが二つ
届きました

ご相談をいただいた時期も
だいたい同じ頃、
去年の今頃で

申し合わせたように
今回のお便りも
一年後の同じ時期で

不思議な巡り合わせを感じました。

ご本人の了承をいただいたので
ご紹介します。





一人目の方は

一年ほど付き合っていた
激務で忙しい彼がいて

もともと
連絡不精であったし
会う時間もなかなか取れず
それでもなんとか
お付き合いは続いていたのですが

送れば返ってきていたLINEも
まったく返事がなくなって
3ヶ月ほど音信不通の状態の頃に
ご相談をいただきました。

まずは
彼について
彼自身と彼の状況とを
なるべく深く知ることと

そしてもちろん
自分自身についても
なぜ不安になるのか
なぜ忙しい人を好きになるのか
なぜあきらめられないのか
心を掘り下げてみることと

それらは
どちらかを先に
ということではなく
同時に進んでいきました。

彼について知ると
自分自身についても
新たに気づきがあったり

自分の過去を振り返ると
彼への理解が深まったり
というような。

そうして
心を落ち着けつつ

実際の彼に対して
ポジティブなコミュニケーションを
コツコツ積み重ねることを
続けました。

音信不通から半年ほどたって
少しずつ返事がくるようになり

また来なくもなり

そのあいだも
揺らぐ自分の心と向き合いながら
彼の揺らぎも受けとめながら

そのうち
彼の仕事の状況も
忙しいながらに少し落ち着いて
頻繁ではないけれど
会えるようになり

この連休に
ご入籍されたそうです。

おめでとうございます。

「ずっと見ててくれて
 あきらめずにいてくれて
 ありがとう」と
彼から言われたのだそうです。



音信不通の後
少しずつ連絡が取れるようになったとき
それは
「元に戻った」のではなく

以前よりも
深くわかりあえているような
新しい関係であったように思います。

お互いの
コミュニケーションも
以前と同じようでいて
伝え方も受け取り方も
やはり変わっていたように思います。

お互いの
根本的なところは変わらず
でも
相手を理解しようとする気持ちが
以前よりも強くなったことや
信頼関係が築けたことで

後半は
とても安定した関係が
続いていました。



彼の忙しさは変わらず
挙式や披露宴もこれから、

結婚生活も
べったり一緒というわけではないし
大変なことも
もちろんたくさんあるに違いないけれども

おだやかに過ごしていきたいと
そういうお便りでした。





二人目の方は

やはり音信不通になって
ご相談をいただき

同じように
彼のことについて
自分のことについて
掘り下げていきながら

彼に対して
ポジティブなはたらきかけを
続けていました。

音信不通が
半年になろうとする頃、

彼ではなく
彼女の心に
大きな変化がありました。

自分の中の
不安や自信のなさを
深く掘り下げていく過程で

生い立ちや家族のこと、
学生時代のこと、友人関係、
今までの失恋の経験などを
あらためて振り返るうちに

なぜこの彼なのか
ということがわかった
というのでした。

なぜこんなに
強く惹かれてしまうのか
なぜ
いつまでも追いかけてしまうのか
なかなかあきらめられないのか、

その理由が
自分の心にあることに
気がついたのです。

「そういうことだったのか」
と気がついたとき
それまでの苦しみが嘘のように

彼に対する気持ちが
がらりと変わり

彼をあきらめることに
心を引き裂かれるような痛みを
感じていたのが
すーっとなくなり

もういいんだ
とふんぎりがついたのでした。

ふんぎりをつけたことを
彼に知らせたい気持ちもなく
しずかに待つことをやめ

そうして今、
新しい恋が始まったのだそうです。

今まで好きになったような
タイプの男性ではなく
強烈な磁石のように
惹きつけられる恋でもなく

今までだったら
好きになっていないタイプの男性で 
今までだったら
物足りないと感じそうな関係だけれど

自然にはじまり
お互いに無理もなく
不安になることもなく 
毎日おだやかな幸せを感じる
というお便りでした。

音信不通になった彼に対しても
自分がそうであったように
何かに気づけるきっかけがあって
幸せになってくれればと
やさしい気持ちで
振り返ることができているそうです。






おふたりは
音信不通という状況は同じであっても
その恋の結末は
まったく違うものですが

「今とても心おだやかに過ごせている」
ということでは
同じです。

彼と連絡が取れるようになって
ついに結婚できたから
飛び上がらんばかりに幸せ
ということでもなく

音信不通にするような
不義理な彼をばっさり断ち切って
新しい彼と巡り会えたから
天にも昇る気持ちで幸せ
ということでもなく

おだやかな気持ちで
ぽかぽかとあたたかい幸せが
いつも心にあるということ。






少し前のことになりますが
 
やはり音信不通の彼をあきらめて
新しい恋がはじまったわけでもなく
一人でいるけれど
同じような
心のおだやかさに満ち足りている
というお便りもありました。


 

生い立ちや
家族関係や
過去の人間関係や
いろいろなことで
心が傷ついたままでいると

いつも
イライラしていたり
批判的になったり
攻撃的になったり
被害者的になったりして

心のおだやかさを感じることが
なかなかできず

とまらない不安や疑いや
あふれてくる怒りや不服の感情を
付き合っている人に
すべて受けとめて欲しい
なんとかしてほしいと
求めてしまいがちですが

もちろん彼だって
心の傷つきを抱えていたり
そうじゃなくても
相手のすべてを抱えるのは
しんどすぎることでもあります。

でも
傷ついた心を
自分で癒やして

波立つ心を
自分で鎮めることができれば

外側の状況にかかわらず
おだやかな心でいることができます。

心がおだやかであれば

不安や悲しみを
彼に訴えることもなく
寂しさを
誰かに埋めてもらうこともなく
イライラを
他人にぶつけることもなく

しずかな幸せを感じたり
充足を感じる時間が増えます。

ちゃんと
必要なタイミングで
必要な人に出会えるし

出会った後も
落ち着いて
関係を育てていくことができます。






好きな人と
どのような関係になりたいのか
結婚というゴールを目指すのか、

そうした
求める幸せのイメージや
将来の目標を持つことも
もちろん大切なことだけれど

もっと大切なことは
 
どんな関係であれ
どんなゴールであれ
相手が誰であれ、

できるだけ多くの時間を
心おだやかに過ごすこと
 
心のおだやかさを
安定して手に入れること
 
なのではないかと

そういう風に思います。





お便りくださった方、
ありがとうございました。

とてもうれしい気持ちで 
私の心もおだやかに過ごせる
春の一日になりそうです。




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恋がうまくいかない理由は
わかっている。



この不安が
どこからくるのか
うすうすは
見当がついてる。

彼への気持ちの上に
過去のたくさんの悲しみを
重ねすぎているかもしれないことも
気がついている。

不安になればなるほど
不安をおさめたくて
近づきすぎてしまうことが
かえって
彼を遠ざけていることも

彼の仕事の状況が
どうにも回らなくなっていることも

彼には
彼の抱える問題があって
その解決のために
ひとりの時間が必要なことも

わかってる。

彼を変えることはできない
変わるとしたら
自分なのだということも

ちゃんと
わかってる。




彼じゃなくても
出会いは星の数ほどあるとか

彼を手放せば
新しい出会いが舞い込むとか

早くしないと時間がないとか
自分だけ売れ残ってしまうとか
女は若くなきゃとか
妊活だってしなきゃとか

言われなくても
もう
いやというほど
思い知ってる。




彼に選んでもらうのじゃない、
自分の隣を歩く人を
自分で選べばいいのだと
わかっている。

彼とはもう
連絡が取れないかもしれない、
会うことだってないのかもしれないと
ぼんやり
なんとなく
そんな感じもしている。

彼のことはさっぱりとあきらめて
前を向いて希望を持って
自分を大切に
自分の人生を第一に
幸せな結婚を目指して

一歩、
踏み出せばいいのだと

わかっている。
わかっていて
足を前に出そうとするのに

そのほんの一歩が
どうしても出せない。

連絡先を消しても
やりとりを全部消しても
思い出の画像を削除しても
次の出会いに向けて動きはじめても

心だけが
どうしても
どうしてもどうしても

彼につながれたまま
離れられない。

そうして
ずっと同じ場所で
時間だけが
過ぎていく。




恋がうまくいかない理由は
わかっている。

上手に愛せない自分だということも
わかっている。

変わらなくちゃと思いながら
変われない自分がいて

思いきる勇気を出さなきゃと思いながら
最後の最後に吹っ切れない自分がいて

ただただ
彼からの連絡を待つ自分がいて

かといって
信じ抜くほど強くもない
ぐらぐら揺れてばかりの自分がいて

そんなだから
誰にも愛されない自分なのだと
悲しくてたまらない、

それでも
どうしてもどうしても
前に進むための一歩が出せない。

変われない
決められない
選べない
吹っ切れない
思い切れない
信じ抜けない
愛されない

そんな自分が
嫌でたまらない。

頭ではわかっているけど
気持ちがついてこない。





もうどうしていいのか
わからないと
足がすくんで
動けなくなったときに

たったひとつ
自分のためにできることは

「その自分を恥じないこと」。





なかなか
恋愛がうまくいかない自分を
恥じない。

深くやさしく愛したいのに
うまく愛せない自分を
恥じない。

子どもみたいなわがままで
彼に詰め寄った自分を
恥じない。

恋人と音信不通になっている自分を
恥じない。

不義理な彼を
あきらめきれない自分を
恥じない。

適齢期に結婚していない自分を
恥じない。

溺愛されていない自分だと
恥じない。

恋人から
ないがしろにされている自分だと
恥じない。

誰からも選ばれない自分だと
恥じない。




過去に戻ってやり直すこともできず
未来のために決断することもできず

今いる場所でも
胸がぎゅぅっと押し潰されて
息が苦しくなるような
なのに
どこにも逃げ場がないような
そんな夜は

せめて
たったひとつ、

自分を恥じることだけは
絶対にしないこと。




どこにもいけない今だって
どうにもできない今だって
どうしたらいいかわからない今だって

何も
恥じることなんてない。

今日、今夜、今この瞬間だって
なんとか
どうにかして
愛をつかもうと
必死でもがいているこの自分には

まだ
生きるエネルギーが残っている。

愛する心が
湧き出そうとしている。

人生が待っている。





恋愛がうまくいかなくても
変われない自分でも

恥じることなど何もない。

そういう風に思います。


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彼が
黙ってしまったのは

彼女の存在を否定しているのでも
彼女を攻撃しているのでもなく

彼の事情で
黙っているのだ
ということです。




仕事が忙しすぎるのかもしれないし
返信を考える時間がないのかもしれないし
だからって
適当な返事はしたくないかもしれないし

ストレスやプレッシャーで苛立っていて
その苛立ちを
彼女にぶつけたくないのかもしれないし

気分が落ち込んで
鉛をのみ込んだような重たさで
毎日をやり過ごすのがやっとで
文字を打つ気力すらないのかもしれないし

朝から晩まで
仕事の連絡に追われすぎていて
連絡そのものに嫌気がさしているかもしれないし

なんとなく
さしたる理由もなく
「今度でいいや」と思ったまま
そのままになっているだけかもしれないし

ちょっとくらい返信をサボっても
彼女だしまぁいっかと
軽く考えているのかもしれないし

どんな理由があるにせよ

彼は
彼の事情で
黙っているのだ
ということ。

彼女が
存在を否定されたり
攻撃されるいわれはないのです。




たとえば

彼女が寂しがり屋で
ちょっと重ためのメールをしたことや
彼を責めるような口調になってしまったとしても

それで黙るのは
彼の事情です。

彼女のせいじゃない。

忙しさを理解せずに
会いたい寂しいと言ってくる彼女を
面倒だと思うなら
「忙しいから連絡控えてくれ」
と言ったっていいのだし

期待に添えないから
関係を解消したほうがいいと思うなら
「寂しい思いをさせるから別れよう」
と言ったっていいわけです。

何も
黙らなくたって。

彼女のした何かがきっかけで
彼が
何かを感じたり
考えたりしたのだとしても

そのことを伝えずに黙っているのは
彼の事情。

彼女が
黙らせているわけじゃなく

彼が
自分自身で
「黙ることを選んでいる」
ということです。




「彼が音信不通にした」
としても

「彼女が音信不通にされた」
というわけではありません。

彼が
黙ることを選んだ
としても

そのことで
彼女の存在が否定されたわけでも
貶められたわけでもない。

彼が
愛することをやめても

だからといって
彼女が
愛されない存在になったわけでもない。

彼が
愛を見失ったからといって

自分まで
愛を見失うわけじゃない。





彼の事情を
自己否定に結びつけないこと。

彼の選択を
自分の存在価値を測るものさしにしないこと。

彼の事情の中に
自分のすべてを委ねないこと。



彼は
彼の事情で
黙っている。
黙ることを選んだ。

ならば
自分はどうしようか。

もう一日待ってみるのか
まだまだ信じてみるのか
それとも
いったん区切りをつけるのか

その
小さな選択のひとつひとつが
自分という存在の石垣となり

自分の人生を生きていることの
ささやかな実感になる。

「自分でそう決めた」
ただそれだけが
ほんとうの
揺るぎない自信に
つながるのではないかと 

そういう風に思います。


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自然には
サイクルというのがあります。




春夏秋冬、
季節ごとの気圧や風の変化は
一日一日で見れば
晴れて曇って降って晴れて降って、
気まぐれな移り変わりに思えるけれど

同じ雨でも
この時期からは梅雨で
夏になれば明けるのだとか

樹氷ができるほどの極寒でも
春がくれば
氷も雪も解けて
カタクリの花が咲くのだとか

ばらばらの現象でも
長期的に見てみれば

そこには
くり返すサイクルがあります。

そして
サイクルは
気まぐれや偶然では決してなく
ちゃんと理由があってくり返すもので

サイクルが生まれる背景には
それなりのつじつまが
必ず隠れているものです。





サイクルは
瞬間だけを切り取ることでは
見えてきません。

そのできごとの
写真を撮ったなら
一枚だけでは足りなくて

たとえば
毎日の同じ時刻に撮った写真を
何十枚何百枚と並べてみて

ようやくその中に
サイクルが見えてきます。

潮の満ち引きも
珊瑚の産卵も
甲殻類の脱皮も

長い時間をかけた観察の中から
それまでは見えなかった
くり返しの規則性が
浮かび上がってくる。

彗星だって
たまたま星空を見たら流れていた、
というだけなら
それで終わりだけれど

星空を観測し
軌道を計算することで
「○年に一回の接近」
というサイクルがわかるようになった。

サイクルを見つける原動力となるのは

知りたい気持ちと知ろうとする気持ち
観察力の細やかさとそれを続ける根気。
そして
知ることをよろこべる心。
見つけることをワクワクして待つ気持ち。







人だって
さまざまなサイクルの中で
生きています。

人の心にも
いくつものサイクルがあります。

飲みに行きたくなるサイクル。
引きこもりたくなるサイクル。
転職したくなるサイクル。
仕事が虚しくなるサイクル。
彼氏がほしくなるサイクル
結婚して安定したくなるサイクル。
別れてもいいかもって思うサイクル。
髪を切りたくなるサイクル。
おしゃれしたくなるサイクル。
おしゃれが面倒になるサイクル。
不安になるサイクル。
なんで不安だったんだろうと
笑いたくなっちゃうサイクル。

からだと心と
環境と気圧と
さまざまのことが影響して

心にも
サイクルが生まれています。

誰も観察していないだけで
誰も発見していないだけで

手帳にでも書き込んで
記録をまとめて
よくよく考察してみれば

案外にたくさんのサイクルが
自分を動かしていることが
よくわかります。




そして
彼にももちろん
サイクルはあります。

仕事が忙しいサイクル。
ちょっと余裕ができるサイクル。
恋愛したくなるサイクル。
連絡が途切れるサイクル。
LINEがそっけなくなるサイクル。

その
ひとつひとつのできごとだけ見れば
何がなんだかさっぱりわからなくて
彼の気持ちがどうしても理解できなくて
悩んだり
苦しんだりするものだけれど

もう少し長期的に
離れた場所からよく観察してみれば

決定的にダメだと思ったできごとが
単なるサイクルのひとつであったり

なくなったと思った愛情が
サイクルの中から見出せたり

「サイクル」として彼を見れば
新しく気づけることも
案外にあるものです。

サイクルを知ることで
不安は安心に
疑いは信頼に
少しずつ
変えていけるものです。


 




色づいた葉がすべて落ちて
寂しく枯れた木々の隙間を
冷たい風が吹き抜ける季節になれば

一日また一日と
どんどん寒くなっていけば

このまま
冬将軍に飲み込まれて
すべてが凍てついてしまうんじゃないかと
不安になることはあるけれど

たけど
サイクルのない事象など
そもそも自然界には
存在しないのであって

すべては
過ぎ去りまた訪れ
古びては新しくなり
それをくり返しながら
移りゆくのです。



悲しみもよろこびも
幸せも不幸せも

どんなことも
サイクルの中のひとつとして
出会って
別れて

そして
ふたたび出会うことができるのだと

そういう風に思います。



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3月の終わり頃から
ブログの更新をせずにいて

意識的なことではなかったのですが

それもやはり
トリアージ的な行動だったと思います。




時間には限りがあって

能力や体力や精神力など
自分が持つ資源にも限りがあり

すべてのことを
同時に平等に対処できないとすれば

それぞれのタスクの
緊急性の高さや
責任の重さによって

おのずと
優先順位が生まれます。




昨年の7月頃から
毎日更新していたブログだから

ある日突然
更新を中断すれば
どうしたことかと
思われる方もいるかもしれない
と考えはしましたが

やるべきことと
やれることとのはざまに立つ
当事者である私にとって

トリアージは
必至であり必然であり

もちろん
ブログをやめようとか
金輪際もう書かないとか
そんな気持ちはまったくなく

いろいろなことが片付けば
また再開する心づもりでいながら

そんな中

音信不通というのは
もしかしたら
こんな風にはじまるのかもしれない

と、ふと思ったりもしました。




やるべきことの優先順位は
いつの時点でも同じということはなく
日々変わりゆくもので

トリアージは
一日の中でも常に見直され
更新されていきます。

ただし
どんなときも
判断するのは自分自身です。

自分以外の誰かに
懇願されても
心配されても
非難されても

自分がすべきことの優先順位は
自分自身が決めるものです。

大きな声で泣いているからといって
感情にまかせて
その人を優先的に助けていたのでは
トリアージは失敗です。

トリアージを他人任せにする
ということは
自分が負うべき責任を
他人任せにするということ。

持てる時間と資源とを
最大限に活かすために
何を優先させるかということは

時間と資源を持っている本人が
状況を判断して
自分で決めなくてはならない。

私もそうだったし
仕事が忙しい彼たちも
そうなのだろうと思います。




この1ヶ月の記事をふりかえると

3月19日を最後に
毎日の更新はストップしていて

そのあとは
3月23日
3月27日
3月29日
3月31日と
ぽつりぽつりと更新し

そして先日の再開が
4月17日。

もっとも間隔があいた期間は
17日間でした。




そのあいだ

更新をストップする直前の更新時間が
真夜中すぎの日が続いたことから
さぞかし忙しいのだろうと
体調を心配してくださった方もあれば

さりげなく
更新を楽しみにしていると
メッセージやコメントをくださった方もあり

直接のメッセージはなくても
更新されていないブログを
毎日のぞいてくださった方も大勢いて

そのことが
「いずれまた書こう」と
「そのうち必ず書かなくては」と
私にそう思わせてくれました。

「また書きたい」と思わせる
力をくれました。 

もしもそこで

非難されたり
強要されたり
決めつけられたり
するようなことがあれば

そういう人に
書くことでこたえようとは
二度と思わなかったかもしれません。

なぜなら
中断することも
再開することも
いつ再開するのかも

人からとやかく言われることではない、
自分自身が決めるべきことだと
知っているからです。

「いずれまた書こう」
と思っている気持ちを
信頼されていないのならば
もはやこたえるまでもないだろうと
思うからです。

こたえたいという気持ちの
原動力となるものは

またきっと戻ってくるという
相手から自分への信頼と

きっと待っていてくれるという
自分から相手への信頼と

お互いの
両方向の信頼なのだろうと
思います。

気持ちがあるということと
行動として表されるということとは
必ずしも一致するものではなく

そのことを証明するのは
お互いの信頼でしかありません。

信じられないと言った時点で
相手の気持ちはないものになり

信じられないと言われた時点で
たしかにあったはずの自分の気持ちは
なくなってしまうのです。

そもそも
自分に対する信頼のない相手を
満足させることは
とても難しいことであるし

また
満足させたいという気持ちを
自分の中に保ち続けることも
とても困難なこと。

信頼することの
その力を
信じられなければ

相手も
こたえようがない
ということは
あるだろうと思います。 





ブログの更新はしませんでしたが
4月に入ってから少しずつ
コメントのお返事を書いていました。

まだ
すべてを返し終わってはいないまま
ブログの更新を再開したので

なかなか
追いつけずに
どんどん時差ができてはいますが
少しずつお返事していきます。





それにしても
まったく更新しなかった17日間は

いったい
長かったのか短かったのか。

トリアージの渦中にいた私にとっては
ほんの一瞬にも思える
わずかな時間であったことを思えば 

そのときの私より
もっと忙しく
もっと激務で
もっともっと
重い責務を背負った彼ならば

ただただ疲れ切って
一日の終わりは
ベッドに倒れ込み
泥のように眠りにつく彼にしてみれば

17日間は
せいぜい
まばたきをするほどの
感覚なのではなかろうかと
 
そういう風に思います。


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彼と音信不通になって
それでも
彼を待ちたいと思うとき

待っている彼女は
「自分ばかりが辛い」
という気持ちに
どうしてもなります。

たまに連絡を入れても
返信はなく
LINEしても
既読にもならず

事情があるなら
話してくれれば納得するし

別れたいのなら
はっきり言ってくれれば
区切りもつくのに

とにかく彼は
ただの一度も
返信を寄越さないのだから

よほどの不義理を
貫いているわけです。

よほどの激務だとしても
ストレスに潰れてるとしても
問題を抱えてるとしても

何ヶ月も
返信ひとつないなんて

彼女にとっては
不条理でしかない。

だから彼女は
「私ばかりがこんなにも辛い」と
彼を恨むような気持ちに
どうしてもなります。



一方的な音信不通が
アンフェアなものであることには
ちがいないのだけれど

ただしそれは
音信不通になってからのことであって

音信不通になる以前、
付き合ってからのことを
すべて思い起こしてみれば

それほどアンフェアでも
ないかもしれない
ということもあります。



たとえば

付き合う前から忙しい彼だったけど
熱烈にアプローチしてくれて

付き合ってからも
仕事の合間を縫って
会う時間を作ってくれて
マメに連絡もくれて

だから
幸せいっぱいだったし
自爆とかもしてないのに

突然
音信不通になってしまった
というとき。

たしかに
音信不通にした彼は
不誠実で不義理で
非常識な人間かもしれない。
フェアじゃないかもしれない。

だけど

付き合ってから
音信不通になるまでの
その数ヶ月間は

彼ばかりが
頑張っていたり
努力してたり

彼ばかりが
無理したり犠牲になっていたり

彼にしてみれば
その関係が
フェアじゃなかった
ということかもしれない。

疲れ果てて
一分でも早く寝たいのに
彼女が
LINEをやめてくれなかったり

大事な会議が緊急で入って
ドタキャンの連絡をしたら
彼女が
ものすごく残念そうな声をしたり

ひさしぶりに会えたデートで
明日早いからと切り上げたら
彼女が
泣きそうな顔をしたり

忙しすぎて
記念日や誕生日を
うっかり忘れていたら
彼女が
あからさまに不機嫌になったり

彼ばかりが
まるで親のように
すべてを犠牲にして
愛さなくてはならないなら

彼にとってその関係は
不条理なものだったのかもしれない。




良くも悪くも
パートナーは鏡となって
自分の姿を映すもので

「私ばっかり」と
彼女がそう思っているなら

「なんでオレばっかり」と
彼も思ったことがあるに違いない。

「こんなの不公平だ」と
彼女が感じているなら

同じように
彼も感じたに違いない。

「辛いときに力になってくれない」と
彼女が彼に不信感を持つなら

彼も同じだったに違いない。

「彼は愛してくれない」と
彼女がそう嘆くなら

「彼女は愛してくれない」と
彼も嘆きたかったに違いない。




どちらの言い分が正しいかどうか
ではなくて

どちらも
相手を思いやれなくなっている
ということ。

どちらも
同じように辛くて
同じように
助けてほしかっただけ。

どちらも
愛してほしいだけ。

愛するより
愛されることを求めただけ。




付き合いが
長くなればなるほど

もしかして
結婚すれば
なおさらのこと

相手に問題が起きて
そのせいで
一方的に
支えなければならない
ということは起きるものです。

何度でも起きるし
苦しい状況が
年単位で続くことだってある。

たとえば
子どものことで何かあれば
夫婦二人ともが同時に
大きな問題を抱えることだって
あるわけです。

そのとき
「私ばっかり」
「なんでオレばっかり」と

いつもいつも
フェアであることを求めて
相手を恨めしく思っていたら

問題を乗り越えることは
難しくなります。

二人ともが
「愛されるまで愛さないぞ」と
意固地になってしまったら

関係は
どんどんこじれて
冷え切っていくだけです。




音信不通になってさえも
まだ待ちたいと思うほどの

自分にとって
それほど大切な人なのなら

長い付き合いの中で
問題が起きるのは
避けようのないこと。

そのときこそ

惜しみなく
支えることができるかどうか。

自分ばっかりと
不平不満を言わずに
待つことができるかどうか。

それほど大切な人なら
彼を愛してると言うのなら

辛い状況にあるときほど
自分も苦しいときほど

相手がしてくれたこと
かけてくれた愛情を
思い出すことができれば。

お互いさまの精神で
おかげさまの気持ちで
 
今まさに苦しんでいる相手を
やさしく
深く
思いやることができればと

そういう風に思います。



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いくら仕事が忙しくたって
手放したくない彼女なら
なんとか時間を作って
連絡するものだ(会うものだ)

と言う人が
ときどきいます。

その人はそう思っているのだ
ということだから
それはそれでいいのですが

しかし

実際のところ、
そんな単純な話ではありません。



この数年、
「メンタルヘルス」とう言葉が
よく聞かれるようになりました。

訳すとそのまま
「こころの健康」ということです。

特に
働く人たちの心の健康が
雪崩のように崩れていて
ひとまとめに
「うつ病が増えてる」
と言うには複雑な状況で

厚生労働省とか経済産業省とか
商工会議所とか

いろいろな機関が
対策に乗り出しています。




忙しい彼も
例外ではありません。

男性にとって
仕事というのは
「自分自身を表現する場」であって

そこで成功するか失敗するか、
それによって
彼の人生が決まる、
彼自身の価値が決まると

彼らは考えています。

仕事の悩みを抱えての
うつ病や自殺は
中高年の男性に圧倒的に多く

その切実さは
ときに
女性には理解しがたいものですが

出産適齢期が近づいているときの
強迫的な焦燥に
もしかしたら近いかもしれません。




責任感が強く
能力的にもそれなりで
真面目で控えめで冷静で
やる気があって粘り強く
怠けることを知らず
感情を表に出さず言葉にもせず
という彼は

あるとき突然
何の前触れもなく

ポキンと折れます。

あまりにも
ギリギリまで我慢するので

本人にも
周囲にも
付き合っている彼女にも
その予兆を見せず

ある日
連絡が途絶えます。

まるで煙のように
フッと
連絡が途切れます。



バリバリ仕事をしている
ということは
「感情を殺している」
ということでもあります。

男社会であればあるほど
縦社会であればあるほど
その傾向は高くなります。

そうした職場で
仕事のスキルが高いということは
つまり
「感情を殺すスキルが高い」
ということでもあるわけけです。

同じように
疲れを感じないスキルも高く
怒りを感じないスキルも高く
休みたいと思わないスキルも高い。

だからといって
感情がないわけでもなく
疲れていないわけでもなく
怒りが湧かないわけでもなく
休まなくて平気なわけでも
もちろんないので

本人も気づかないうちに
とうに限界を超えて

ある日唐突に
脈絡もなく
ポキンと折れるのです。




心というのは
いったい
ヒトの身体のどこにあるのか

いまだに
はっきりしたことは
わかっていませんが

「もうどうしようもない」
というときには

あらゆる手段を使って
脳と身体を支配しようとします。

ふだんのその人が
何も感じないようにしていても
黙って見守っているのだけれど

いざというとき
これ以上無理したら
命が危ないというときには

最強の司令官に変身して
その人をコントロールするのです。



ポキンと折れた彼、
もしくは
今にもポキンと折れそうな彼は

心が司令部に陣取って
あれこれ指揮を執るようになります。

もっとも重大な最優先の司令は
「これ以上無理してはならない」
というもの。

省エネモードで生きろ
という司令が下されるわけです。

瞳孔が小さく縮み
全身の動きが鈍くなり
背中の筋肉を伸ばすことさえ
惜しむようになる。

消化器も最低限の動きしかしないから
食欲もなくなる。

大量のエネルギーを使う脳も
できるだけ動かさないようにする。

そうして
できるだけ眠ろうとする。

すべてを
省エネモードに切り替えて
危機的な状況を
なんとか乗り切ろうとします。





そんなときには
彼女に連絡なんてできません。

好きとか嫌いとか
本気とか遊びとか
そんな次元の話ではありません。

もしも彼が
「彼女に連絡できなくて悪い…」と
罪悪感を持っていたり

疲れた脳を振り絞って
LINEの返信をしようとしたり

会う時間を捻出するために
残業を頑張ろうとすると

司令官が
即座にこんな司令を出します。

「ギリギリのときに
 動かそうとする奴は敵である」。

彼の気持ちとは関係なく
絶対的司令官が
彼女を敵認定します。

「連絡がきても返事をするな」
「LINEは既読にしなくていい」
「とにかくシャットアウトだ!」

このときの彼は
もはや別人です。

司令官が
厳戒態勢を敷いているのだから
いつもの彼ではありません。

いつもの彼を愛する彼女にとっては
切なく悲しいことだけれど
仕方ありません。




忙しさに
忙しさが加わると

処理しきれなかった忙しさが
次の日の忙しさにかぶさって
ますます忙しくなります。

処理できないことが増え
焦れば焦るほど
集中力もなくなるし
ミスも増える。

だけど仕事は容赦なく
次の日もまた次の日も
土日も祝日も
日付が変わる真夜中を過ぎても
数ヶ月先まで
片付くメドも立たずに
終わりなく続きます。

忙しさも
疲労も
雪だるま式に大きくなり

心の余裕は
反比例して縮んでいく。

気分転換も
ストレス解消も
逆効果。

ただただ
泥のように眠り
省エネモードで過ごすしか

その苦しさから
抜け出すことはできない。

その苦しさは

経験したならわかるけれど
経験しなければわからない。
なかなか。




忙しい彼から
連絡がない
なかなか会えないというとき

彼の状況を
実際に見られるわけじゃない彼女は
ただ想像するしかないわけで

「彼は忙しいんだ、疲れてるんだ」
と思うその一方で
「もう好きじゃないんじゃないか…」と
不安な気持ちが大きくもなって

どっちだろう
どっちなんだろうって
揺れ動くものですが

「極度に疲れている」ことと
「好きな気持ちがない」ということは
実は
同じことなのです。

あまりにも疲れていたら
誰かを好きだと思う感情なんて
見失ってしまうものです。

あまりにも疲れていて
ポキンと折れる直前の彼は
いつもの
彼女を好きでいてくれた彼とは
別人なのです。

「あー疲れた。
 もう面倒だから連絡やめよ」って
いつもの彼が
スマホを見ながら
考えて決めたわけじゃない、

緊急事態で
戒厳令で
絶対的司令官が

省エネモードで
彼女を敵認定せよと
司令を出しているのです。




どんなに忙しくたって
本気なら連絡ができるものだと

涼しい顔で言ってのける人は

何週間も何ヶ月も
睡眠不足が続くということ、
その状況で
常に最善のパフォーマンスで
職務をまっとうしようとすることの
過酷さが

わかっていないだけなのです。

感情や疲れを感じない人が
ギリギリの状態で
息つく暇もなく集中して
仕事をしていることの
その凄まじさが

わからないだけなのです。

経験してなければわからない。
想像も及ばない。
ただそれだけのこと。




彼の忙しさについて
連絡が減っていることについて

誰が
どう思おうと
それはその人の自由。

だけど

彼という人を
いちばん近くで
ずっと見てきたのなら

その
言葉の少なさに
感情を見せない冷静さに
どれほどの思いがあるのかを
ちゃんと感じてきていたのなら

わかるはず。

不安が立ちこめて
わからなくなってしまったなら

落ち着いて
彼がどんな人だったか
思い出してみれば

何が起きているのかが
見えてくるのではないかと

そういう風に思います。




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