恋するつぶやき

恋する不安が少しでも落ち着きますように。彼のキモチと彼女のココロについてつぶやくブログです。

カテゴリ:心のこと > 彼に愛されたい

「愛されなければ」と
思っている。

海のように
母のように
広く深く包み込むように
愛されなければと
思っている。

頭のてっぺんからつま先まで
宝物を愛でるように
壊れ物を扱うように
愛されなければと
思っている。

真実の愛でなければ
と思っているし
100%の愛でなければ
とも思っている。

そんな愛じゃなくてもいいから
それはそれで仕方ないから
とにかく
「誰かに愛されなければ」と
思っている。

いつからなのか
わからないけれど

とにかく
愛されなければならない。

そう思ってきた。





愛されなければならない
と思っているから

もしも
自分だけが
愛されてると勘違いして
ほんとうは
全然愛されてなんてなかった
となったら困るので

あいまいな
正体のわからないものじゃなく

ちゃんとわかる形で愛されたいと
望むようになる。

目で見たり
手に取ったり
文字になったり
していないと

すごく不安になる。

だって
愛されていなければならないから。

まちがいなく
ちゃんと
疑いようもなく

愛されていなければならないから。

知らないうちに
途切れたり
すり替わっていたり
薄まっていたりしたら
困る。

いつも
確認できるようにしておかないと
あいまいなままでは
困る。

だから
自分にわかる形の愛で
愛されなければと思う。

そうじゃないと
すごくすごく不安になる。





求めるその「形」は
人によってさまざまで

使ってくれる金額の多さであったり
連絡の頻度であったり
約束とその実行であったり
割いてくれる時間であったり
優先してくれるかどうかであったり
記念日を覚えていてくれるかであったり

たとえば
たわいない話に
つきあってくれるかどうかであったりする。

とにかく
何かの形として
愛をたしかめることができれば

「愛されていないかもしれない」と
感じなくて済むし

人からたずねられても
ちゃんとこたえられるし
証明して見せられるし

だから
自分のわかる形で
愛されなければと思っている。





「愛されなければ」と思うのは

愛されていない自分が
不完全に思えるから。

自分には
何かが欠けていて
誰かの愛によって
やっとその穴が埋まる、
無意識に
そう考えているから。

愛されないことは
みじめで
寂しくて孤独で
恥ずかしいことに思えるから。

不完全な自分で生きることに
耐えられないから。

愛されれば
解決する、楽になると思うから

「愛されなければ」と必死になる。

自分が自分でいることを
受け入れて
この自分で生きていくために

とにかく
愛されなければならない。

はっきりそれとわかる形で
愛されなければならない。





愛されなくても
あなたはあなただよ
大丈夫だよ

そう言われても
心の穴は
ぽっかりとこの胸にあいていて

うすら寒い風が吹き抜けたり
しくしくと痛んだり
泣けてきたりするのだから

どう言われたって
不安は消えないし
愛されないままでいるわけにはいかない。

愛されなくて大丈夫
なわけない。

愛されなくたって幸せ
なんて
言えっこない。

愛されなければと思うし
愛されたい。

好きな人に
愛されたい。

彼に
愛されたい。




だったら

「わかる形で」の条件を
ゆるめてみること。

これが愛の形
と決めていたもの以外の愛も
認めてみること。

ほしいものは
形ではなくて
愛なのだから

自分がほしいものを
見ようとしてみること。
感じようとしてみること。

世界中の誰も
愛の形を見たことはないのだから

これが愛だと
ショーケースに入れて
展示することなどできないのだから

愛を観測できる科学者などいないのだから
愛を定義した論文などないのだから

みんなそれぞれに
自分が思う形を
「これが愛に決まってるさ」って
勝手を言っているだけなのだから

こんなにもほしいものなのだから
ずっと求めてきたものなのだから

こだわらないほうが
たくさん見つけられる。

たくさん見つけたほうが
幸せを感じられる。

これは愛じゃないかも
なんて 
遠慮することない。

だって
すごくすごく
ほしかったものなのだから。





好きな人の愛情を
ふるいにかけて
受け取る前から
捨ててしまうなんて

最初から
なかったことになってしまうなんて

そのほうが
ずっと寂しい。

たとえそれが
自分にわかる形でなくても
想像したようなものではなくても

大切な人の気持ちなら
どんなものだって

誰よりも
たくさん見つけて感じて
ぜんぶちゃんと受け取って

受け取ったと
知らせたい。

ありがとう
幸せにしてくれてるよと
伝えたい。

その積み重ねで
心の穴も埋まっていく。

「愛されなければ」という怖れが
愛したい気持ちに変わっていく日が
きっとくる。

そういう風に思います。


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居心地の良い彼女でいようとする努力を
否定するつもりは決してないのですが

しかしそこには
ものすごく大きな落とし穴が
パックリと口を開けて待っているように
どうしても私には思えます。




このままの私で大丈夫!
という自己肯定感が少ない人は

彼から愛情を奪い取ることで
心に開いた穴を埋めようとしてしまい、
度が過ぎて彼をウンザリさせてしまう。
そのまま恋が終わってしまったりもする。

それが
破滅につながる自爆行動だった
と気がついたら
今度は彼に求めず
自分でその穴を埋めようとします。

「居心地の良い彼女になろう」という努力で。



 

だけどそれは
一歩間違えば
おそろしい努力でもあります。

穴を埋めているつもりが
せっせと掘ってしまっていることもある。
本人も気がつかないうちに。

そしてある日、
その大きな落とし穴に
自分で落ちてしまう。

その穴は
彼も知らない秘密の穴だったから
誰も助けにはきてくれない。

前に恋がダメになったときよりも
もっともっと
大きくて深い穴かもしれません。


 

たとえば
居心地の良い彼女になって
彼から深く愛されたとして

だけどそれは
「居心地が良くなければ愛されない」
という不安を永久に抱えることになります。

美しくなければ愛されないと思い込んで
食べては吐くことをくり返す女性とそう変わらない、
強迫観念にも似た気持ちが
つきまとってしまう。

この気持ちは男にはわかりません。
「努力して愛されるならどんどんしたらいいじゃないか」
と彼らはそう思うはず。

だってそれは
男が求める愛情の形だから。
行動の成果を評価される愛だから。





男は「愛される人間になりたい」と思う。

女は「愛される人間でありたい」と思う。


男はヒーローになりたいし
女はプリンセスでいたい。


自らの努力の成果をこそ
認められ愛されたいと思う男に

努力をやめたら愛されないのだと怯えて
自分の墓穴を掘る女の気持ちは

たぶん永久に理解されません。

逆に言うと、
男は
「オレという存在を愛してほしい」なんて
これっぽっちも思ってない。

これからのオレを見ててくれ、
その上で判断してほしいと、
そんな気持ちは
女にはどうしたってわからない。





「愛されたいから」
いう動機からはじまった努力は
いつか必ず破綻します。

それは女の本能についている
時限装置のようなもの。

失恋して泣いているとき
「居心地が悪かったから嫌われたのだ」
という明快な答えに
最初は飛びついたとしても

それで
居心地の良い彼女になる努力をして
彼に愛されたような気になったとしても

くすぶり続ける不安の火種は
いつか必ず炎となって燃え上がります。

「居心地が良くなければ愛されない
 =本当の私を愛してくれていない」
と、何年も後になって。
結婚した後にでも。


 

居心地の良い彼女になることで
「彼を愛する気持ち」
に自信が持てるのなら、
それはじゅうぶんにやりがいのあること。

だけど変わる努力は自分のため。
居心地の良さは二人の幸せのため。

居心地の良い彼女でいることは、
努力ではなく、
愛情表現であるべきなのだと思います。

だけどいい子にならなくたって、
イイ女じゃなくたって、
愛していいし愛されていい。

居心地の良い彼女になんて、
なりたくないならならなくていい。



努力して愛されたいわけじゃない。
偽った自分のままで愛されたって
今度は愛する気持ちが減っていくだけ。
それが一番大切なものなのに。


愛情を
もっともっとと奪い取りに行けば
それは破壊行動になる。

本当に言いたい言葉を
「いい子」の隠れ蓑で
隠そうとするからうまく伝わらない。

だけど
ただ正直に素直に率直に

「こうしてくれたら嬉しいよ」
と自分の望みを伝えることは

自爆どころか、
彼がヒーローになるための
魔法の言葉になるんじゃないかと、

そういう風に思うんです。


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