恋するつぶやき

恋する不安が少しでも落ち着きますように。彼のキモチと彼女のココロについてつぶやくブログです。

カテゴリ:忙しい彼 > 忙しい彼を待つこと

古語、むかしむかしの日本の言葉で

「おもて」と言えば
顔のことを指すものでした。

時代劇で
将軍様がおなりになって
「おもてをあげ〜い!」と
声がかかるとき
それは
「顔を上げてよい」
という意味であるし

強面(コワモテ)とか
面長(おもなが)とか

なじみある言葉の中にも
「おもて=顔」という使われ方は
たくさん残っています。

「おもて」はまた、
単なる顔だけでなく

外ヅラとか
よそいきの顔とか
「表向きの態度や表情を指す言葉」
でもあります。




それに対して

「うら」は
心のことを指す古語です。

うら寂しいは
心が寂しいさまを表すし

羨ましいはうらやむ、
「うら(心)が病んでいる」
という状態をいいます。

占いは
「うら(心)」を「綯う(なう)」もの、

綯うというのは
ワラの束を両手でよりあわせて
縄にすることを指す言葉で

つまり
「占う」という言葉は
「心をよりあわせて一本の縄にする」
というのが語源です。




百人一首の編集長である
藤原定家は

その中に入れる自身の和歌として
恋の歌を選びました。


来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに
焼くや藻塩の 身もこがれつつ

権中納言定家(藤原定家)『新勅撰 和歌集』

〈訳〉
待てども待てども
来てくれないあの人を
待ち続け

松帆の浦の 夕凪の頃に
海岸で焼く塩が焦げるように

私の身も
恋しいあの人を
待ち焦がれているのです。


「浦」は「うら」、
外側からは見えづらくなっている
入り組んだ海岸のことで

表には出てこない、
外側からは見えづらい、
という意味で

心(うら)と浦(うら)は
同じもの。

「まつほのうら」は
松帆の浦という地名にかけた
来ぬ人を待つ心。

波の音もない夕凪の時間、
静まりかえった海岸に

ただひとりきり
塩をとるために海藻を焼き
恋しい人を待ち焦がれる。

せめて
煙だけでも
風が運んでくれればいいのに

この恋しい気持ちだけでも
あの人に届けばいいのに

風のない夕暮れに
海藻を焼いて立ち上る煙は
どこにも流れて行けない。

あの人を待つわたしの恋心も
どこへも行けない。

恋しいあの人には届かない。

ただひとりきり
この砂浜で塩を焼きながら
来ぬ人を待つだけ。




この歌だけ読めば
なんてせつない歌だろうと
胸がつまるような思いがするけれど

実は
この歌には
元になる歌(本歌)があります。


名寸隅乃 船瀬従所見 淡路嶋 
松帆乃浦尓 
朝名藝尓 玉藻苅管 
暮菜寸二 藻塩焼乍 海末通女 
有跡者雖聞 見尓将去 
餘四能無者 大夫之 
情者梨荷 手弱女乃 
念多和美手 俳徊 
吾者衣戀流 船梶雄名

笠金村『万葉集』

名寸隅(なきすみ)の
舟瀬(ふなせ)ゆ見ゆる
淡路島(あはぢしま)

松帆(まつほ)の浦に
朝なぎに玉藻(たまも)刈りつつ
夕なぎに藻塩(もしほ)焼きつつ

海人娘女(あまをとめ)
ありとは聞けど見に行かむ

よしのなければますらをの
心はなしに手弱女(たわやめ)の

思ひたわみて
たもとほり

我れはぞ恋ふる
舟楫(ふなかぢ)をなみ
 

〈訳〉
名寸隅という舟瀬から見える
淡路島の松帆の浦に

朝凪のときに
海藻を刈りとって
夕暮れのときに
藻塩を焼いている
海女の娘がいるときく

そこにいると
知っているのに
会いに行くことができない

男らしい気持ちも持てず
か弱い女のような心で

思い悩む心は
いったりきたり

ただただ
恋しく想うだけ

舟も舵(かじ)もないわたしは。


百人一首におさめられた
定家の恋の歌は

万葉集のこの長歌への
返事なのでした。

 

会いたいのに
会いに行けない

松帆の浦で
藻塩を焼きながら
待っていてくれていると
知っているのに

舟も舵もなく
会いに行くことができない

男らしくない
情けない男なのだと

そう詠んだ彼の歌に対して

松帆の浦で
わたしも待っています

待っているけれど
恋しく想っているけれど

夕凪で風もなく
この気持ちを
届けることができませんと

待っている海女の気持ちを
詠んだのが定家の歌。




万葉集の彼の歌が詠まれたのは
西暦726年頃のこと

平安時代に定家が詠んだ
海女からの返歌は
それから500年ほど後のこと。

むかしむかしの恋の歌。




心理学も
自己啓発書も
スピリチュアルも
なかった時代、

19世紀に
フロイトが無意識を発見する
それよりずっとずっと前に

表には出てこない
ほんとうの心があることを
 
むかしの人たちは
ちゃんと知っていた。

恋愛指南書や
恋愛テクニックなんて
存在すらしていなかった時代、

メールも電話もなく
気持ちを伝える手段もなく
風に託すしかなかった時代にも

待たせる男と
待っている女がいた。

待たせていると知っていながら
会いに行けず
ふがいない情けないと
自分を責める男がいて

待っても待っても
会いに来てくれない人を
ひとりぼっちの砂浜で
恋しく想う女がいた。




待つことも
待たせることも
恋しい人を恋い焦がれることも

全然おかしなことじゃない。
恋する気持ちはみんな同じ。  

むかしむかしから
男と女がくり返してきた
生きることの営みのひとつ。

来ない人を待つなんてと
恋に身を焦がすなんてと
自分を否定したり
気持ちを抑えたりせずに

大好きな人を
恋しく想うその気持ちは

心という
静かな入り江の中で

大切に
大事に
そっと抱きしめていければと

そういう風に思います。
 


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「感受性が豊かである」というと

他人の何気ない一言に
反射的に傷つきやすいとか

小さなことで
すぐ泣いてしまうとか

なんでもないことなのに
気になって止まらないとか

そういうのを
「感受性が強いから…」
と言うこともあるけれど

そういうことではなくて

目の前のできごとに対して
心から深く「感じる」ことができる
ということだと思います。

そして
その感情のバリエーションが
実にさまざまであるということ。

陽気であるとか明るいとかに限らず
ポジティブネガティブを問わず
幅広く奥深く
繊細でもあり大胆でもあるような

それが
「豊かな感受性」
ということだと思います。




「感じる」ということは
考えることでも
検討することでも
もちろん
決断でも判断でもありません。

目に入るもの
耳で聞く音
手触りや味わい

何かに出会ったとき
感じたことを感じたままに
心で受けとめることです。

こう言えば気に入られるよね
こう言ったら機嫌を損ねるかも
どう反応すれば
自分をより良く見せられるかな、と

そんな風に思案していたら
「感じる」ことなどできません。

感じる暇も余裕もなく
「考えて」「検討して」「判断して」
しまうからです。




もちろん
何かを実際に行動に移すときには
理性も役立ちます。

でもそれはあくまでも
「感じる」ことのそのあとの話であって

思考ありき
理性ありき

では
その人の感受性は
すぐに錆びついてしまいます。

感受性の錆びついた人というのは

言っていることはマトモだし
常識的で道徳的で倫理的で理性的で
教養があって大筋で正しいけれど
 
人の心を動かすことはできません。

相手の心に届くような
琴線に触れるような
胸を震わせるような
魂が揺さぶられるような

心の奥深くまで染み入って
じんわりと感動するような

そんなメッセージを
相手に送ることはできません。

感受性が豊かでない人が
その人なりの表現で
大切なことを伝えようとしても
なかなか伝わらないものです。

「感じる」よりも
思考や理性が先にくるようでは。

感心はしても
感動はしない。




反対に
感受性の豊かな人が
なんの裏もなく下心もなく

ただただ素直に率直に自然に
自分の感受性で丁寧に

「感じる」ということをして
それが相手に伝われば

どんなに小さなことでも
相手の心に響くものです。

自然体で感じている、
その姿に
思わず見とれてしまうものです。

好感を持たずにいられないし
自分もそうありたいと思うし
心地良い気分になります。

たとえそれが
ネガティブな感情であっても

他人の目など気にしない、
芯から飾り気のない、
その感受性の豊かさに

人は心打たれるものです。


 

ただし

とっさに感じた感情の中に
過去から引きずったものや
心の奥底から引っ張られたものは
混ざらないように。

あくまでも
「目の前のできごと」に対して

今触ったもの、今見たものから
そのままに感じる
ということが大事です。

難しいことだけれど

過去の感情や
別のできごとに対しての感情を
うっかり混ぜてしまえば
それは

感受性が豊かなのではなく
神経過敏な人のように
なってしまいます。





たとえば
なかなか返信がない彼が

「重大プロジェクトを任されて
 まだしばらくは忙しいんだ」

と久しぶりに連絡をくれたとして



●感受性の豊かな人は

その言葉から
素直にそのままに感じることができます。

「重大プロジェクトを任されるなんて
 信頼されてるんだね、すごいことだね。
 まだしばらく忙しいなんて大変だね。
 体に気をつけてね。
 成功するといいね。
 そんな中で連絡くれて嬉しいよ。
 またしばらく会えないのは残念だよ。
 でも応援したいと思ってる。
 頑張って!」

彼を励ます気持ちも
会えなくて寂しいと思う気持ちも
どちらも
素直に感じて
感じたままに伝えることができます。

彼の言葉に
自然体で反応できます。

そして
彼女のその素直な感受性に
彼は感動します。

彼の心を強く揺さぶるのです。




●思考が先に立ってしまう人は

会えない寂しさを感じつつ
それを見せたら
彼は重いと感じるはずだし
今は応援すべきときだ、

そう判断して
「正しい」返信を書こうとします。

だけど
寂しいという心は
そう簡単に抑えられるものでもなく
知らず知らず言外に滲み出るもので 

「そっか…会えないのは残念だけど
 重大プロジェクトなら仕方ないね。
 期待されてるなら集中しなきゃね。
 時間ができたらまた連絡ください」

優等生的に励ましているような
少し恨みがましいような
わかりきったアドバイスもしたりして
ものわかりのいい彼女のようでもあるけれど
 
だけど
彼女がどう感じたかは伝わらない。
彼女の心がわからない。

だから彼の心にも届かない。

正しいしありがたい言葉だけれど
彼の心は動かないのです。

彼から良く見られたい
良い彼女だと思われたい

そういうよこしまな下心は
なぜか相手に伝わるものです。

偽物の感受性は
一瞬だけなら
相手を騙して
感動させることもできるけれど

そんな感動は
どうせ長くは続かないのです。

自分が良く見られたいだけの
不自然な反応では。




●過去の感情を引きずっている人は

彼の状況が
不安や自信のなさに結びついて

今とは関係のない
必要以上にネガティブな感情ばかりを
感じてしまいます。

「そんなに忙しいなら
 まだ当分は会えないんだね…」
「今までだってずっと我慢してたのに…」
「そのプロジェクトはいつ終わるの?」
「本当に会う暇もないほどなの?」
「忙しいなんてただの言い訳で
 本当は別れたいんじゃない?」

自信はない自分だけど
そうじゃないよと言ってほしかったり
ゴメンと謝ってほしかったり
今度いついつ埋め合わせするよと
不安を打ち消すような
確実な約束がほしかったり。

反射的な反応には違いないし
思考も省かれているけれど

これは
感受性とは全く別のものです。

彼とも
彼からの言葉とも
本来は関係のない
過去のネガティブな感情が
呼び起こされて悲しくなっていて

素直でも自然体でもない、
過剰反応をしてしまいます。





カラフルでキラキラした
砂糖菓子のような
女の子の豊かな感受性は

彼を感動させ
心を強く揺さぶり
そして
頑張る力を与えます。

ただしその
「感じる」という反応が
心からの自然なものでなければ
人を感動させることなどできないし

彼の前でだけ
感受性豊かであろうとしても
それは無理なこと、
そしてとても不自然なことです。

だから
毎日を大切に過ごすこと。
彼がいてもいなくても。

「感じる」ということを
おそろかにしないこと。

考えすぎて
策を練りすぎて
 
「感じる」心を曇らせないこと。

ひとつひとつ丁寧に
ネガティブな感情も嫌わずに

心で感じたままを
まっすぐに取り出して
伝えることができるように

まずは明日いちにち。

朝起きてから夜眠るまで
どんなものに出会い
どんな感情を感じて
どんな風に表現するのか。

琴線に触れたとき
自分の心はどんな音色を鳴らすのか。

耳を澄ませて 
その音を
よく聴いてみてください。

きっと美しい音がします。 



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だってどうしようもない
音信不通なんだから

メールもLINEも届かないし
ブロックされてるかもしれない
電話は出てくれないし
むりやり会いに行ったらそれこそ
ストーカーになってしまう

だからもうどうしようもない
だけどまだこんなに好きで
どうしても彼を忘れられない

そう思うのなら

好きでいたらいいと思う。
あきらめなくていいと思う。

3ヵ月連絡がない
半年も音信不通
1年も会ってない

だからもうお手上げだと思うなら
それならそこでもうおしまい。

自分であきらめたそのときが
その恋の終わりということ。




惑星探査機「はやぶさ」が
奇跡的に帰還を果たし
みんなを感動させたのは
つい数年前のこと。

もともとは
すぐ戻る予定だったのです。

小惑星イトカワで
微粒子を採集するしごと。

ほんの4年ほどのことだからと
重大ミッションを背負って
宇宙空間に飛び出したものの

宇宙空間というのは
想定したよりずっと過酷な環境で

部品があちこち故障して
エンジンの燃料が漏れ
とうとう動かなくなってしまい

「はやぶさ」は
回転を止めたまま
宇宙空間を漂い始める。

ついに交信も途絶えてしまい
JAXAと「はやぶさ」は音信不通。

もうどうしようもない。
連絡が途絶えてしまったのだから。




だけど
「はやぶさ」は帰ってきた。

60億kmという遙か彼方から
大事なカプセルを持って
「はやぶさ」は戻ってきた。

予定してた4年より少し長い
7年後のこと。




科学者だから技術者だから
それだけの知識と技術があるから
だから奇跡が起きたんだと
決めつけるならそれは違う。

「はやぶさ」と交信が途絶えたとき
技術者たちは絶望の淵にあった。

科学的には絶望的。
技術的にも絶望的。

だけど
彼らはあきらめず
何度も何度もトライした。

ダメなら別のやり方。
それがダメでもまた別のやり方。
それすらもダメ、
でもさらにまた別のやり方。

一度は成功したと思ったことでも
また想定外の大問題が起きる。

そのたびに
知恵を絞り根気よく辛抱強く
何度ダメになってもあきらめず
ひとつひとつクリアして

「はやぶさ」の奇跡は
そうやって起きた。

偶然でもラッキーでもない。
本当は奇跡でもなんでもない。

必ず戻ると信じて
やれることやるべきことに
全力で取り組んだだけ。




たとえばこんなこと。

宇宙をさまよう「はやぶさ」は
電波を発信はしていたものの
何しろ満身創痍でフラフラで
アンテナの方向が定まらなくて
 
だから
なかなか地球と交信できない。

だけどいつか
「はやぶさ」の太陽電池に光が当たって
電波を発信するときがくる。

フラフラの「はやぶさ」のアンテナが
たまたま地球の方を向けば
その電波を受信することができる。

いろいろな条件がぴたりと合う
その確率がどれくらいのものなのか

とにかく技術者たちは
修復のためのコマンドを送り続けた。

届くかどうかわからない
「はやぶさ」に向かって。

いつか必ず返事はくる。

小さなサインも見逃すまいと
ずっと信じて画面の前で待っていた。




「はやぶさ」から
やっと届いたメッセージは

ほんのかすかな
ノイズのような電波。

臼田局の担当の方が
ずっと画面を見ていました。

すると
ノイズにまぎれるかのような
小さなピークが、
ぴっと立ったんです。

「これかな」「これだよね」
といった会話をしたのを
今も良く覚えています。

(地上システム設計担当 NEC航空宇宙システム 杉浦 正典)

いつかは太陽電池に光が当たって
絶対に返事を返してくると
私も思っていました。

(軌道計画担当 NEC航空宇宙システム 松岡 正敏)


交信が復活して
故障したエンジンの対処も終えて

これでようやく戻ってこれる
あともうひといきと思ってから

「はやぶさ」が帰ってきたのは
それからさらに3年後のこと。

出かけるのが大変なしごとは
戻ってくるにも大変で

小惑星と地球の軌道のことやら
イオンエンジンのことやら 
いろいろ事情があるわけで

もしもここで
焦る気持ちが先走って
無理に帰らせようとしたら

「はやぶさ」は帰りの軌道を逸れて
地球の引力の届かない
ほんとうの暗黒の中に
永遠に消えてしまったかもしれない。


通信が復活したといっても、
 
最初は30分ほどの周期の間で 
ほんの数分だけ通信が出来る
といった状況だったので、

色々苦労をしました。 

(地上システム設計担当 NEC航空宇宙システム 杉浦 正典)


もうどうしようもないけれど
でもまだあきらめられない

そんな彼がいるのなら

あきらめないで
やってみればいいと思う。

何度ダメになっても
次から次へと問題が起きても

苦難を乗り切る覚悟を持って
あらんかぎりの知恵と努力で
きっといつか必ずと信じて

トライしてみたらいいと思う。

「絶対に返事をしてくる」
と考える一方で、

心の中のどこかには、
「もう通信が途切れて
 終わりになっちゃうのかな」
という思いも正直ありました。

相模原の運用チームの
みんなが諦めなかった、というのが
大きいと思いますよ。

諦めない姿勢が
「はやぶさ」の復活を
呼び込んだんです。

(軌道計画担当 NEC航空宇宙システム 松岡 正敏)


どうしてなんでと泣くのじゃなく
一方的な連絡をし続けるのじゃなく

やれること
やるべきことを
辛抱強く最後までやりきること。

人生という宇宙の中で
彼は今、どんな状態でいるのか

何に悩み 何に苦しみ
どんな毎日で
どんなストレスを抱えているのか

彼のミッションとは何なのか。

ノイズにまぎれた
小さなサインを見逃さないで
しっかりキャッチすること。

彼が必要とするコマンドを
送り続けること。

くりかえし問題が起きても
乗り越えようとする
タフさを持つこと。

タイミングを合わせること。
タイミングが合うまで待つこと。




どうすればいいかなんて
他の誰にもわからない。
わかるはずない。

広い宇宙のことなんて。
彼と自分に起きてることなんて。 

科学的に絶望的でも
恋愛マニュアル的にはNGでも

やってみたらいいと思う。

前例のあることを
奇跡とは呼ばないし
 
簡単に成功したら
感動は呼ばない。



人を想う気持ちはきっと
「はやぶさ」が彷徨った
広大な宇宙空間より

ずっとずっと果てしない。 

その限りなく漆黒の
ラズベリーの香り漂う闇の中に

たったひとりを探すこと。
たったひとりを想うこと。



信じる気持ちも
幸運も奇跡もぜんぶ
自分の気持ちの中にある。


アンテナの先には
「はやぶさ」が必ずいる。

返事がないだけだ、と、
あまり悲観はしていませんでした。

(運用担当 NECネッツエスアイ 川田淳)





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堪忍袋というのが
人にはあるそうで

どうにも怒りが抑えられないときに
「堪忍袋の緒が切れた!」
と使うことが多いのだけれど

「堪忍」を辞書で調べれば
◎怒りを抑えて人の過ちを許すこと。
◎不利な立場や困難な状況を堪え忍ぶこと。
と書いてあって

つまり堪忍袋というのは

怒りだけじゃなく
痛みや辛さや苦しさや
心で感じるいろいろのものを

表に出さずグッと堪えるために
ひとまず入れておく
心の器のことを言うわけです。




ネガティブな感情を
どんどん溜めていくその器が

たとえば
地下シェルターのような
匂いも音もしない
外からも中からも取り出せないような
頑丈なものならばいいけれど

なにしろ「袋」だし
その入り口は「緒」、
つまり紐で縛ってあるだけ
というのだから

甚だ頼りないものです。

着物を解いて縫い合わせた
きんちゃくのような袋かしら。



ものすごく忙しいにしろ
連絡無精で不器用にしろ

彼に対して
不安や我慢が募るだけ募って

とうとう堪忍できなくなって
という彼女が

どうして連絡くれないの?
私のこと嫌いになったの?
フェードアウトしたいの?
会いたくないの?
会えるならいつ会えるの?
電話したい
声聞きたい
返信ちょうだい
別れたいの?って

それまで抑えていた感情を
彼にぶつけてしまう
ということがあります。

堪忍袋の緒が切れたのか
堪忍袋そのものの
縫い目が破れてしまったのか

とにかく
堪えていた感情が
わっと爆発してしまうのです。



堪忍袋は
心の器であるのだから
ひとりにひとつです。

今の彼用の堪忍袋。
前の彼のとき使ってたのはこれ。
子どもの頃のは小さめの。
なんて

相手やできごとに合わせて
別々の袋なわけじゃありません。

幼い頃から大事にしてた
可愛らしい小さな堪忍袋に

親とのことも
学校の友達とのことも
初恋の彼のことも
片想いの彼のことも
受験のことも
就職のことも
仕事でのストレスも
前の彼のことも

そして今の彼のことも

ぜーんぶいっしょくたに
詰め込めるだけ詰め込んで

入らなくても
上から押さえてもっと入れて

最後はぎゅうぅぅぅぅっと
ムリヤリ紐を引っ張って
なんとか蝶々結びをして

そうやって
なんとか堪えているんです。

痛みや辛さや苦しみや
寂しさや孤独、
今まで感じてきた
ネガティブな感情のすべて。



だから
いったん堪忍袋が爆発すると

その全部が出てきます。

次から次へと
勝手に溢れ出てきて
収拾がつかなくなります。

しばらく会えなかった彼に
ようやく会えたのに
機嫌よくできずイライラして
別れ際に泣き出してしまう
そのときの気持ちは

いったい

今の彼に対する気持ちなのか

それとも
今まで詰め込んできた
むかしむかしの古い気持ちなのか

ぶちまけてしまった今となっては
自分でも何がなんだかわからない

そういうことも、よくあります。



いったんぶちまけてしまえば
少しは楽になるのです。

ぱんぱんに膨らんで
今にも弾けそうだった堪忍袋も
この爆発で中身が減ったのだから

またしばらくは
なんとか堪えがきくからです。

爆発がきっかけで
別れることにでもなれば
それは後悔の嵐だけど

謝って許してもらえたし
雨降って地固まるなんて
ことわざもあるし
 
これはこれで良かったんじゃないか
もっと彼を信じて待たなくちゃと

かえって
晴れ晴れしい気持ちになることも
あるかもしれません。




ところで
緒が切れて弾け飛んだ
堪忍袋のあの中身は
どこへいったのかといえば

落ちて土に還ったわけでも
空気中に蒸発したわけでもなく

彼が全部片付けたのです。

彼にしてみれば
自分のせいで彼女が爆発したのだから

ぶちまけて散らかったものも
当然自分の責任だと思うわけで

だから
黙ってかがみ込んで
せっせと拾い集めたのです。

そうして
自分の堪忍袋に入れた。

男にだって
もちろん堪忍袋はあって
 
女より大きいのか
女より太い紐なのか厚い布なのか
ほどけない縛り方を心得てるのか

男の堪忍袋は
そうそう爆発はしません。

すぐカッとなって
感情的に怒鳴り散らすような男は
そもそも堪忍袋がないのか
よほどみすぼらしい袋かで
とにかくそういう男は
「器が小さい」と軽蔑されるものです。

だから男というのは
むやみに堪忍袋を
爆発させたりはしません。

反論もせず黙って
ぐっと堪える。

だけど
男の堪忍袋だって
鋼鉄でできてるわけでもないのだから

やっぱり緒が切れる
ということはあります。

そして
男の堪忍袋というのは
なかなか爆発しないだけのことはあって
詰め込んである量も半端なく多いので

いったん緒が切れたら
手がつけられないほどに
暴れたり怒鳴ったり怒り狂ったり
全部投げ出してしまったり

彼にさえも
どうしようもないほどの爆発に
なってしまいます。

女みたいに
爆発してせいせいしたから
気持ちを切り替えてまた頑張りましょ
なんてことにはなりません。

男の堪忍袋は
修復がなかなか難しいのです。

緒が切れる前に
そんなみっともないことになる前に
距離を置こうとする人もいます。 




会いたい気持ち
会えなくて寂しい気持ち
自然消滅かもしれないと不安な気持ち
音信不通で苦しい気持ち

それを出さずに
堪忍袋にそっとしまって
ひとりでじっと耐えることは
とてもしんどいことです。

でも爆発してしまえば
ぶちまけたその中身は
彼が引き受けるだけです。

一度爆発して
スッキリしたように思えても
緒が切れたままなら同じ。
ほころびて穴が開いたままなら同じこと。

またすぐに爆発するし
穴からどんどん漏れ続ける。

そしてやっぱり
彼が中身を引き受ける。

彼の袋だって
仕事や人間関係のストレスで
いっぱいのはずなのに。

そのうちきっと
彼の袋がもたなくなる。





彼が忙しくてどうにもならないとき
連絡無精で口ベタで不器用で
彼女の望むような
愛情表現ができないとき

不安にならないではいられないし
寂しくならないわけがない。

どうしても消せない
ネガティブな気持ちを
堪忍袋にしまいこんで
堪えて待つしかない、
 
という時期はあります。

だけど
できれば爆発は
しないでおきたい。

いっぱいいっぱいで
ぎりぎりの彼の袋を
これ以上
ぎゅうぎゅうにはしたくない。

そもそも
自分のネガティブな感情を
人に押しつけるなんて
できればしないでおきたい。

だったら
すでにぱんぱんに膨らんだ
自分の堪忍袋の中身を
もっと少なくするように

自分ひとりで 
できることがあるはずです。

堪忍袋の底の方に
ずーっとあった古い感情を
少しずつ取り出していくこと。

得体の知れない不安感。
寂しさや自信のなさ。
依存したくなる心。
流し切れてない過去のこと。
愛されたいと求めすぎる気持ち。

詰め込みすぎて
ボロボロになった堪忍袋は
これからもずっと
何度も使うものだから

大事に大事に

ほころびたところは
丁寧に縫い合わせること。
緒は新しく取り替えること。

そして 
紐の縛り方を習うこと。
だらしなく緩く縛るだけじゃ
頼りなくていけない。

いったん袋におさめたら
きっちり結わえてもう出さない。

それが女の粋というものです。 




捨てられるものは捨てて
お直しできるところはして

そうしてはじめて
彼への気持ちが入れられる。

まだ余裕もあるし
緒だってなかなか切れないし

寂しい気持ちも
不安な思いも
堪忍袋にそっとしまって
 
もうしばらく
優しく彼を待つこともできる。




「自分を大切にする」って
そういうことだと思うんです。



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好きになったからには
理由があるのです。

連絡が途絶えても
音信不通になっても
なかなか会えなくても
プロポーズしてくれなくても

そんな彼なのに
それでも好きで
もう少し
もう少しだけって
待ってしまうからには

待つだけの
理由があるのです。




見た目がタイプだとか
優しいとか
年収や学歴がいいとか

そんな薄っぺらいことじゃなく

もっと
何かこう

心の芯をぐっと掴まれるような
強い磁力に惹きつけられるような

言葉にはできない
他人に言ってもわからない
どう表現していいかわからない

だけど
確かな何かがあるはずです。

心で感じる何かが。





強い引力を感じるというのは
恋愛依存にも似たようなことがあって

「私しか彼の弱味を知らない」とか
「私だけが彼を助けられる」とか
「私だけが本当の彼をわかってる」とか

そういう気持ちで
彼を手放せないでいるときには

愛情というより
依存する気持ちが
大きいのかもしれません。

いわゆる執着心です。 




「共依存」というのは元々
アルコール中毒患者の家族のことを
指す言葉で

これ以上飲めば飲むほど
体も精神も病んでいく
その崩壊する姿を目の当たりにしながら

「酒持ってこい」
と言われたら注いでしまうとか
なくなれば買いに行くとか

断酒の苦しみにのたうちまわるのが
かわいそうでとても見ていられなくて
やっと退院したら
「今日だけお祝いにね」と
やっぱり飲ませてしまうとか

つまり
アルコール中毒患者を
中毒から救うどころか
さらに中毒にするように
手を貸してしまう
というのが
「共依存」の人です。

どうしようもない飲んだくれを
お世話するということに
自分自身の価値を見出してしまう、
それが共依存です。

だから
心配しながら気づかいながらも
深層心理では
アル中が治ったらこまるのです。

彼が抱える問題が解決して
彼がのびのびと自由に楽しく
毎日を生きられるようになったら

彼にとって彼女は
不要な存在になってしまう。

「私だけが彼を」という
切り札がなくなってしまう。

だから
今のままでいいのです。
今のままでいてくれないと困るのです。

問題を抱えて苦しんでる
他人には理解されない
孤独な心を持った彼でなければ。

彼女が存在するためには。




たとえば
音信不通になった彼のこと、

すごく忙しいんだ
不器用なんだ
問題を抱えてるんだ
彼だって悩んでるんだって

その心理や状況を理解して
思いやりの気持ちを持てれば
それはとても素晴らしいことです。

だけどそこに
自分自身の価値を
見出そうとしはじめたら

もうそれは
共依存に傾いているかもしれません。

もっと自分を大事にしなよ
音信不通の男なんてダメだよ
時間がもったいないよと
心配した友達が
どんなに助言してくれようとも

私が
私だけが
私こそが
彼を最後まで愛し続ける

だって
あんなに不器用な彼のこと
他に誰がわかってあげられる?

問題を抱えて八方塞がりな彼を
受けとめてあげられるのは私だけ

そんな彼を
見捨てられるわけない。

そうやって
彼を好きでいることに
もっともらしい理由を見つけて
こだわり続けてしまうのです。

自分の気持ちを自分で踏みにじり
人生の貴重な時間を無駄にして

不義理な彼を待つことに
捧げてしまうのです。

彼の問題の犠牲者となることを
みずから望んでしまうのです。

彼が好きだからじゃない、 
そこに
自分の存在価値を見出してしまうから。





そのままの彼を
まるごと受け入れるような愛し方と

共依存者となって
自分を犠牲にするような愛し方と

そのふたつは
とてもよく似ています。

もともと女性というのは
依存的な傾向が少なからずあるし

愛する者のために
犠牲的な愛し方をするということも
たとえば子育てをするようなときには
当たり前のようにあることです。

愛情と依存を厳密に区別することは
難しいのかもしれません。




だから
そのときこそ
思い出してみてほしいのです。

彼を
好きになるだけの理由。

心を掴んで離さない、強い引力のこと。




彼から感じたあの強い引力、
そのエネルギーは
自分を幸せにしてくれてるかどうか。
生きる力を与えてくれてるかどうか。

忙しい彼だからと
遠慮がちに待つのではなく

彼も頑張ってるんだから
私だってもっと頑張ろうと
励みにできるような
プラスのエネルギーなのかどうか。

問題を抱える彼に
同情する気持ちで耐えるのではなく

今度会ったとき
彼に恥ずかしくない自分でいようと
前向きに背中を押してくれるような
推進力になっているのかどうか。

彼が愛してくれたこの私を
もっと大切にしていこうって
こんこんと湧き出る泉のように
愛情を引き出してくれるかどうか。

それとも

彼がいなくなったら
つまらない人生になってしまう、
この世界も自分も消えてしまうって
 
恐怖と禁断症状に苦しむような
ドラッグのような魔力なのか。




弱さや問題を共有することだけが
二人の絆になってしまえば
それは
依存に近いものです。

一人では立っていられないふたりが
互いにもたれあっているだけ。

どちらか自立しようとしたら
必要とされないことが寂しくて
足を引っ張りたくなってしまうこともある。

そうなったら
せっかくのあの強い引力が
無駄になってしまう。



 

弱さや問題はもちろんあってもいい、
彼の不器用さを受け入れることも
忙しい状況を理解することも
それはそれで深い思いやりだけれど

だけど
それだけじゃなく
それ以上に

彼は私を支えてくれる
彼の存在から力をもらえる
彼の頑張りが励みになる

心配でも気遣いでも思いやりでもなく
感謝の気持ちが
いちばん先にくるような

あの強い引力を思い出せば
また明日、頑張ろうと思えるような

いつだって
「ありがとう」と伝えたいような

そんな愛し方ができれば。

今はもしかして苦しくても
出会ったことに意味があると思える。



そんな風に思います。


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二人の関係が
いよいよ行き詰まって
全然連絡も取れなくなったり
会ってもギクシャクしてたり

そんなときはついつい
彼の気持ちを探ることに
一心不乱になってしまうけれど

自分の心と向き合ってみよう
心の声を聴いてみよう
自分の生活を大切にしよう
自分のよろこぶことをしようって

彼じゃなく
自分自身に
意識をフォーカスしたそのとき

ふと
彼から連絡がくる

ということはよくあります。

「こうすれば絶対に連絡がきます!」とか
そんな法則のようなものではないのだけれど

不思議なタイミングで連絡がくる
ということは多いのです。




別れた彼をずっと引きずってて
いい加減、前を向かなくちゃって
新しい出会いの場に出かけたとたん

「元気?」って連絡があったり。

もうやめよう、
待つのももう限界、
彼への気持ちを手放そうって
心に誓ったその夜になぜか

「どうしてる?」ってLINEがきたり。

どうしても返信がほしい
なんで連絡してくれないのって
何度もしたメールには返信がなかったのに
これが最後の一通、て思った
そのメールには

「メールありがとう」って返信がきたり。

そういうことって、よくあります。




女性ほどの言語能力は持たず
脳内の切り替えに時間がかかり
共感より問題解決を重視して
感情の取り扱いが下手で
鈍感でデリカシーがない

そんな不器用な彼たちだけど

一方で
「フィーリング」
というものには
とても敏感に反応するようです。

フィーリングを察知するときの
男の勘の鋭さといったら。

とりわけ
自分への評価に繋がるものには
過剰に反応します。

彼らは
他人からのフィーリングによって
自分の価値を測るのです。

ぼーっとしているようで
なんにもわかってないようで
結構あなどれないんです。

フィーリングに反応する男の能力って。




正直なところ
女にはわかりません。

男たちが察知しているその
「フィーリング」というものが

どんなものなのか、
どんな風に彼らは感じてるのか、

言葉で伝え合うことに
慣れきっている女には

はてさてさっぱりわかりません。

そしてたぶん
彼らにもよくわかってない。

男は
自分の気持ちや感情を
把握する習慣がないからです。

あ、今フィーリングを察知した。
彼女からだ。
ただならぬ気配だな。
じゃあ連絡しておこう。

なんて
そんな脈絡のあるものじゃなく
「なんとなくそう思ったから」
みたいな結構テキトーな

だけど
もっと本能的で直感的で
原始的な能力です。
たぶん。

広大な草原で
ところどころに罠を張り
まばらな岩陰にそれぞれ隠れて
マンモスを狙う男たちは

言葉を発することなく
決してマンモスには気づかれずに
大事な情報を交換し
互いの状況を把握しなければ
獲物どころか自分の命も危ない、 

だから 
音を発しない手段を手に入れたのです。
たぶん。

さらに彼らは
察知したフィーリングを
いちいち意識したりはせず
自動的に反応するのです。
たぶん。

危機が迫ったとき
この対決で獲物を仕留めるというとき
いちいち意識下で
何かを考えて判断していたら遅いから。

察知したら瞬時に反応する。

そうやって命を守ってきたのです。
原始時代から。
男たちは。

たぶん。




あくまでもそれは
「フィーリング」のレベルなので

たとえば
いつも不安そうな彼女がいて
 もっと連絡ほしい
 もっと会いたい
って心の中で望んでいるだけだと

そういうことは
察してくれないのです。
男は。

どうしたらいいのか
どうしてほしいのか
さっぱりわからないのです。

だけど
彼女が発する
不穏なフィーリングや
幸せのフィーリングは
いつもひしひしと感じています。

ひしひしと
直感的に受け取って、
自動的に反応しています。

不満は口にしなくても
どこか不安そうにしている彼女からは
どんよりと重たいフィーリングを
感じ取って、

離れたくなる。

わざわざ感謝を口にしなくても
心から嬉しそうにしている彼女からは
満ち足りた癒しのフィーリングを
感じ取って、

彼も満足する。

もしも彼女が
完璧な作り笑顔の達人だとして
脳天気な彼が
まんまとそれに騙されてたとしても

本心ではない不自然なその空気感に
ふとした瞬間に「あれ?」って
違和感を感じたり
物足りなさを感じたり
居心地の悪さを感じたり

そういうことが蓄積されると
「この子、ちがうかもしれない…」って
思い始めたりもします。

フィーリングを察知する男の能力とは
すなわち

敵か味方かを
瞬時に判別する能力

なのかもしれません。




彼女の心が離れそうだと感じたら
手にいれたものを奪われないために
連絡する。

彼女が
自分を変えようとしてると感じたら
抵抗し阻止しようとして
連絡を絶つ。

彼女が自分に
不満をぶちまけたそうだったら
黙る。
もしくは
先手を打って不満を言う。

彼女が自分自身を見失って
彼に依存しはじめたら
距離を置く。

彼女が
自分に満足してないと感じたら
喜ばせることをやめる。

そうやって
音信不通になる。 




フィーリングを
無意識に察知して
無意識にそれに反応する、

そんな彼らには

言葉でのコミュニケーションは
それほど意味のないもの
なのかもしれません。

「信じてるよ」と言う彼女から
不安なフィーリングを感じれば

彼は
言葉ではなく
フィーリングの方に反応します。

「まったくもう!」とすねる彼女から
信頼と安心のフィーリングを感じれば

彼はやっぱり
フィーリングに反応するはずです。




音信不通の彼に
久しぶりに連絡しようというとき

どんな文面がいいか
どんな内容がいいかと

言葉にこだわる女としては
あれこれ考えすぎてしまうけれど

そういう問題ではないのです。
言葉尻の問題じゃないんです。 

大切なのは
自分自身が醸し出す「フィーリング」。

どんなにうまく隠したつもりでも
彼には必ず伝わってしまう「フィーリング」。 

表面的に取り繕っても
言葉だけで飾り立てても無駄なこと。

男にはわかるのです。

行間から
漏れ出すように
浸み出るように
フィーリングで伝わってしまう。

不信感でいっぱいなのか
信じて待ってくれてるのか。

自信のなさや寂しさから
その心の穴を埋めてほしくて
彼を利用してるんじゃないか。

愛されてると思わせてくれるなら
他の男でもいいんじゃないか。 

いったい彼女は
まだ味方なのか
もう敵なのか。




メールやLINEの返信がないからって
音信不通だと嘆かなくても

彼と通じ合う手段はちゃんとある。

メールやLINEより
確実に彼に伝わる伝え方。

彼の無意識に伝わって
自動的に反応してくれる伝え方。

100%の信頼じゃなくていいし
不安がゼロじゃなくてもいい。

男が感じるものだから
厳密である必要はぜーんぜんない。

ざっくりと大ざっぱに
なんとなく全体的にひとまとめに
「よくわかんないけどイイ感じ」
ってくらいでじゅうぶん。




フィーリングは

言葉じゃなく言い回しじゃなく
内容でも頻度でもなく時間帯でもなく

自分の心が
そこはかとない空気感となって 
彼にそのまま伝わるもの

だとしたら

久しぶりに彼に連絡するなら
せっかく彼に伝えるのなら

ふわっと優しく癒されるような
信頼と尊敬のメッセージで伝えたい。

今も幸せだよ。
いつも幸せにしてくれてるよって。

そうやって
伝えることができたら
言葉なんていらなくなる。

言葉よりもっと深く
彼の無意識に届くことばを

彼女は手に入れたのだから。 


 

彼が感じ取る
フィーリングということばで
伝えてみたいと思うなら
 
まずは自分の心に
目を向けてみることです。
 
彼の気持ちばかり追いかけず
自分の心にフォーカスすること。

爽やかなフィーリングで
彼に伝えられるように
自分の心を整えていくこと。

したいことは何か。
よろこぶことは何か。
求めるものは何か。
感謝できているか。
満足できているか。
なぜ不安なのか
なぜ自信がないのか。
なぜモヤモヤしているのか。

どう生きてどう暮らし
どういう人生を歩むのか。

この自分とはいったい
どんな感情を持つ
どういう女なのか。

そんな自分を
大切にできているかどうか。

そのすべてが
たしかなフィーリングとなって
そのまま彼に伝わります。 

依存的だった彼女が
やっと自分を大切にしはじめた、
そのことを

彼ならきっと察知する。 

どうやって伝わるのか
女には
さっぱりわからないけれど。



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男性心理や彼の事情が
少しわかってきたからといって

何もかもすべて
彼に合わせなければいけないのだ
というわけではありません。

典型的に女らしい思考の人が

典型的な男の思考を
抵抗感なく納得して理解して

まるで典型的な男のように
ものごとを考えるなんて

無理です。

だって女だもの。

気づかいや思いやりを
いつも相手に差し向けることが
すなわち愛情だと思う、

だから連絡したいし会いたい、
何より彼を優先したい。 

それが女なのだから。





自分の女らしさが
少しバランスを崩したからといって

依存的だった
どうして私はダメなんだろうって
そう落ち込むことはありません。

愛されてるかいつも少し不安で
気にかけてもらうことで安心して

いつも繋がっていたい
電話したい会いたい
じゃなきゃ寂しいって思うのは

自然なことです。

だって女だもの。

用件以外は連絡しなくて平気、なんて
男みたいな感覚で付き合うなら

そんならもう
彼じゃなくたって平気かもね
このまま二度と会えなくてもいいみたい
なんてどんどん気持ちが冷めてくる、

それが女というものです。

会わないあいだに自分磨きでもして
考えないようにしろって言ったって
それも無理。

どんなに仕事が忙しくても
資格の勉強してても就活してても
大事な会議の最中でも
友達とたっぷり話し込んでても

頭の片隅で
いつも彼のことを考えてる。
考えることができてしまう。

それが女というものです。




とにかく
男と女は違うのです。
彼と自分は違うということ。




その違いを知らなかったために

自分の要求ばかり押しつけてしまい
関係がこじれてしまった、という女性は

わがままな自分を悔やむあまり

今度は全面的に
彼に合わせようとしてしまいがちです。

全面的に彼に合わせるのだから
今度こそうまくいくって
起死回生を狙います。

だけど本当は
それは同じことなのです。

自分の要求を彼に押しつけることと
全面的に彼に合わせることとは

正反対のようでいて
実は同じことなのです。

つまりは
「自分」と「彼」の境界線が
曖昧になっている、ということ、

それが依存的ということです。




彼女が自分の要求を訴えているとき

「私はこう思うのだから
 彼だってそう考えて当然」と
無意識に決めつけてしまっています。

恋人だったら 彼氏だったら
本当に好きなら 大事に思うなら
愛してればって。

たとえば
「好きなら連絡するはず」と自分は思う。

だから当然、彼もそう思うはず。
そう思うべき。絶対にそうすべき。
なのにしないということは
愛情がなくなったに違いない。

彼女がこう考えるとき
そこに「彼」は存在しません。

彼なりの常識や思考、感情や意志が
すっぽり抜け落ちてしまっています。
仕事への取り組み方も
生き方も。

「私なら」という考えが
あまりにも大きく膨らんで
「彼」を覆い隠してしまいます。
そうなったら彼は存在しないも同然。

だから彼は抵抗するんです。

抵抗しなければ
その巨大化した「私」に
まるごと飲み込まれてしまうから。

男が最も嫌うことです。





彼女が全面的に彼に合わせようと
無理に自分を抑えているとき

「彼がそう思うのだから
 私もそう考えなくちゃ」
と彼女は思い込んでいます。

だってそれが愛だから
そうやって愛を証明したいから
どんな犠牲もいとわないって。

たとえば
「忙しい彼は連絡できないはず」だから

だから私も連絡しちゃダメ。
会いたいとか寂しいとか言わない。
とにかく待つ。いつまでも待つ。
それが私の愛だから。

彼女がそうやって耐えているとき
そこに「彼女」が存在しません。

彼女の気持ち、感情の一切を
彼女自身が否定してしまっています。
繋がりたい分かち合いたいという
女らしさまでも。

「彼に合わせたい」と思うその裏側には
そうすることで愛されたいという情熱があり

その熱さで
自分自身がバターのように
どろどろに溶け出してしまう。
そうなれば彼とひとつになれるも同然。

だから彼は重いんです。

自分のせいで
「彼女」が消えてしまったら
彼は誰を愛すればいいのか。

男は途方にくれてしまいます。




ひとりの独立した人格を持つ人として
彼を認め、受け入れたいならば

そのとき同時に

自分というひとりの女を
認めて受け入れることです。

そうしてはじめて
「愛する」ということがはじまります。


 

愛するということは
パワーゲームでも戦争でもない。

どちらかが勝ち
どちらかが負けて

負けた方は
感情も思考も言葉も
侵略されてしまうような
全部奪われてしまうような
すべて差し出さなければならないような

そんな関係は
いつか必ず破綻します。

続くとすれば
それは恋愛依存という地獄です。

ずっとお互いが苦しいだけ。





彼は連絡しない。
私は連絡したい。

彼は忙しくて会えない。
私は会いたい。

それぞれに状況があって
それぞれに気持ちがある。

まずはその違いを
認めて受け入れることです。

その違いに橋を架けるのが
思いやりというものです。

そっくり同じである必要はありません。
一心同体になんて
なれるはずもありません。

いつもいつも
ぎゅーっと抱きついて
二人羽織で二人三脚で
おだんごみたいになってたら

とてもとても
歩けない。

前に進むどころか
その場でもつれてころがって
二人ともダメになってしまいます。


 

自分は自分として女らしく
しっかりと立ち

彼は彼として男らしく
少し離れて立っている。

それぞれの人生を生きながら
ときどきは
手を差し伸べて
手を繋ぎ
顔を見合わせて笑い合う。

何かあれば立ち止まったり
どちらかがペースを調整したり

そうやってお互いが
自然に無理なく目の前の道を歩いてく。

依存しすぎず
自立しすぎず。

共に生きるって
そういうことだと思うんです。


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激務の彼にしても
音信不通の彼にしても
穴ごもりしたくなった彼にしても

関係がこじれてしまって
「気持ちがわからなくなった」
という彼にしても

とにかく
彼が何か問題を抱えてしまったら
そっとしておくしかない
という時期があって

彼女としてはもう
待つよりほかないわけです。



そういうときは
「彼のジャッジを待つ」というような
最後の審判を待つ被告人のような
気持ちになりがちで

単純に考えて
NOというジャッジも
50%の確率であるんじゃないか

そう思ったら
すごく不安だし、苦しくて辛いものです。
ただでさえ白黒つけたい女としては。

しかも
その審判の日は
いつやってくるのかもわからない、

そんな状態で待つわけで。



だけど本当はこの待つ時期、

「彼のジャッジを待つ」のではなく
「お互いに見極め合う時期」
なのではないかと思います。

今はお互いにギリギリの状態、
崖っぷちでこらえて我慢しながら
だけど
なんとかこの関係を繋げていけないかと

相手のようすを見ながら
自分の心と語り合いながら

見極め合う時期なのではないか。



彼だって
そんなに大上段に構えて
神様みたいに
彼女を採点するわけじゃない、

時間に追われながら
心身ともに疲れ果てる中で

この仕事をこなせるか
一人前になれるかという恐れの中で

苦しい
忙しい
眠りたい

彼女に連絡しなければ
会う時間を作らなければ

それを考えることすら今はしんどい

そんな風にギリギリの彼は
指一本でチョンって軽く押しただけで
あっけなく深い谷底に落ちてしまうか
ガラスのハートが砕けてしまうか

そのくらい切羽詰まった状況で
他人をジャッジする余裕なんて
あるわけないんです。

余裕がないからこそ
男のいつものやり方で
問題を先送りにして
ダンマリを貫いているわけです。




だから
もう少し見極めたい
もう少し待っていたい
と思うのなら

待つ女としては
そぉーっとそぉーっと慎重に
グシャッと壊さないように

やり過ごして
乗り越えなければいけない
という時期があります。




ただし
どんなに慎重にやったって
辛抱強く待ったって
 
彼の心が折れてしまう
 
ということはあります。

それはあくまでも彼の問題であって
彼女とは関係のない結論なのだけど

そこで彼女が
「自分自身がNOとジャッジされたんだ」
と受けとめてしまうのは
あまりに悲しいし辛いし、理不尽だし。

でもそうじゃなく
彼女だって
彼をジャッジしていいはずです。

彼が残念な結論を出したそのときに。

不義理を重ねた彼を
何も言わずに待ってくれた女を
仕事やストレスを理由に
あっけなく手放してしまうのなら

この先の人生、
一生を彼と共に過ごすことは
無理だったんだろうと

女だってジャッジしていい。

若いときは
結婚までがゴールだと
なんとなく考えてしまいがちだけど

本当はその後のほうが
ずっと長い道のりが続くので

だけど
激務な人はずっと激務が続くし
穴ごもりする人はまたするし

家族とか不妊とか育児とか
経済的なことや健康のこと、
恋よりもっと深刻な問題が起きたときに

ふんばれない男では
いつも自分が辛い思いをする。

それで本当にいいのかどうか。
自分の人生に
未来の自分の家族として
本当に必要な人なのかどうか。

残念だけどこれで良かったんだと
納得できることだって
あるはずです。





それから
彼がまだ結論を出さず
自分としてももう少し待ちたい、
というときは

こういう風に考えることもできます。

彼が今
ものすごく重たく大きな荷物を背負って
ゼイゼイ苦しんでキツそうだと。

それならば
「二人の付き合い」という荷物は
いったん自分が引き受けますと

それは別に
彼が頼りにならない男だとか
そういうことでは決してなく

「あなたは社会的責務で苦しいのだから
 手が空いている私が持つのは当然のこと。

 今の私にはそれだけの腕の力もある。

 余裕ができたなら
 またこの荷物を持ってくれればいいし、
 二人の荷物なのだから
 あなたも持つべき。

 だけど私だって
 疲れて歩けなくなってしまったら
 この荷物は
 この場に置いて

 私は私で先へ進みます」

そういう気持ちで
しばらくようすを見るということも
できると思うのです。

そして
いったん荷物を引き受けたなら

「もうしんどい、疲れた」
「少しはあなたも持ってよ」
「いつまで持てばいいの?」
なんて弱音は吐かないこと。

涼しい顔して
楽しい歌でも歌いながら

待てるあいだは黙って待つ。
そっと見守る。

どうしても
その重さに耐えられなくなったら
そのときは黙って
荷物を下ろせばいいだけのこと。

荷物はそこに置いて
そのまま自分だけ
軽やかに進めばいいだけのこと。

彼に泣きごとを言う必要なんて
全然ないし
恩に着せて責めることもない。




背負うべき荷物は三つあって

彼の状況と問題。
自分の感情と意志。
そして二人の付き合いのこと。

自分の感情という荷物は
自分自身で軽くすることはできるし

そうやって
自分の荷物を軽くできれば
一時的に
二人の付き合いという荷物を
引き受けることもできる。

だけど
彼の荷物の心配まではしない。
彼の問題はどうにもできない。
彼だけの問題だから。

自分としては
持てる分は引き受けたのだから

「ちょっとラクになったはずだから
 頑張りなさいよ」と

せいぜい彼の背中を押すくらい。





彼のジャッジを待つのではなく

審判の日があるとすれば
そのとき決めるのは自分なんだと
思うことができれば

まるで牢の中から
命乞いをするように祈らなくても

眠れない夜と絶望の朝に
ひたすら耐え忍ばなくても

もっと前向きに積極的に 
受け身で「待つ」のではなく
 
「見守る」ということが
できると思うのです。

いずれ
彼は彼として結論を出すだろうし

しかしそれとは別に
自分は自分としてジャッジするんだと
思うことができれば。

もちろんそこで
彼女の側に
自信のなさがあったり
自分の幸せに鈍感だったりすると

「自分のためにジャッジする」
ということが
なかなか難しいかもしれません。

どうしても
自分の方の「好き」が多くて
彼の「好き」が少ないように感じると

「NOとジャッジされるかもしれない」
という恐さや不安が
ゼロになることは難しいだろうと思います。




それでも
ひとつだけ言えるのは

待つと決めたそのときすでに
「彼を信頼してみよう」と
いったん自分がジャッジしたのだ

ということです。

選ばれなければ
選ばれないかもしれない
と考えたら
ずっと不安は消えないけれど

自分だって選ぶんだ
いつも選んでいるんだ
と思えれば

待っている今だって
自分で選んで決めたんだ
と思えれば

彼を待つあいだの心の持ちようとして
少しは楽になるんじゃないかと

そんな風に思います。
 


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女はいつだって
安心で満たされていたい、
と思っています。

少しでも不安なことがあると
それをそのまま
ひとまず棚上げしておく、
ということは絶対にイヤで

不安はすぐに解消して
安心で満ち足りた状態に戻りたい
と望みます。

彼に
そうしてほしい
と望みます。





彼が
仕事で忙しいとか
家族の問題に巻き込まれたとか
そのほかのトラブルを抱えたとか
体調を崩したとか
精神的に参ってしまったとか

そういうときでさえ

彼女は彼に
「連絡してほしい」と求めます。

何か事情があるなら
その事情を説明してほしいし

今は連絡できる状況じゃないのなら
じゃあいつまで待てばいいのかを
「連絡してほしい」と求めます。

彼が
のっぴきならない状況に
陥れば陥るほど

彼女もなぜか
不安が止まらなくなって

その不安を打ち消して
安心で満たしてほしいと

彼に求めます。

まずは連絡。
できれば会いたい。
会えないなら次の約束だけでも。
いつまで待てばいいのか
それだけでも教えてほしい。

そして
気持ちは変わっていないよ
冷めたわけではないよ
僕だって本当は会いたいよ
今も変わらず好きだよ
と言ってほしい。

安心したいのです。
女というのは兎にも角にも。




しかし
男というのはそもそもが
ベタベタした親密さを嫌うものです。

こまめに連絡するとか
いつでもひっついていたいとか
しょっちゅう
好きだのなんだのって言うとか
自分の状況をいちいち説明するとか

そういうことは
女のすることであって

男子たるもの、
女みたいなことやってられるかと
心のどこかで決めているし

だいたいが
得意じゃないのです。

やってやろうと思ったって
どうしていいかわからないのです。

そして
得意じゃないということは
なるべく隠しておきたいのです。

男というものは。
 




その
彼にとって
もっとも苦手分野ともいえる
こまめな連絡や愛情表現を

彼女は求めているわけです。

よりによって
彼が危機的状況のときに限って。

入院寸前の体力の人に
100mを全力疾走しろと
言ってるようなものです。

栄養失調の人に
その食事を先にこちらに寄越せと
強要しているようなものです。

なぜそんな無謀を
彼に求めているのか、

彼女の主張はブレずにただ一つ、
「本当に愛してるならできるでしょ」
ということ。

できなければ
彼の愛は偽物と鑑定されます。

今までの彼の愛情もすべて
まやかしだったことになります。

今ある愛情だって
存在しないことになります。

だって
男は本当に愛してる女を
失いたくないと思ったら
連絡するでしょ?
と。





だけどその
 
本当の愛ってなんだろう。

大切な人が
今なにかの事情を抱えていて

時間も体も空間も
思考も心も体力も

その問題を解決するために
なんとか温存して
必要なら限界まで出し切って
集中して
乗り越えようとしているそのときに

よりによって
彼がもっとも不得意とすることを
どうしても
なにがなんでも
してしてしてしてしてして
と求める彼女のそれは

本当の愛と言えるだろうか。

求めたように
思い通りに
彼が動いてくれなければ

拗ねてむくれて嘆いて怒って
本当には愛されてないのだと
さめざめと泣く。

不安を解消して
安心を与えてくれない彼は
恋人資格だと恨む。

そういうことならさようなら!と
最後通牒を突きつける。

それって
そんなのって

本当に彼のこと好きなの?
本当の愛なの?





こういうことは
彼にもやっぱりわかるものです。

メールの一本くらい
少し頑張ればできること、
確かにそれはそうなのです。

だけど
彼にしてみれば

彼には彼の事情があって
自分としては少し苦しい状況で
彼女に悪いなぁと
薄々感じてもいるときに

よりによって
苦手なことをやれと言われたら

とっさに抵抗するものです。
気持ち的に。
無意識に。 

普段だったらやれることでも
ちょっと頑張ればやれるとしても
やりたくなくなるものです。

どうしても嫌だ
という気持ちにさえなります。

そして
ちょっと考えてしまいます。 

彼としての危機的状況に
無理難題を押しつけて
それが愛の試金石だと騒ぐような

そんな彼女のために
わざわざ自分の不得意なことを

失敗する危険を冒してまで
恥ずかしさを克服してまで

する価値があるだろうか?

だったら彼女は
何をしてくれると言うんだろう。

この危機的状況にさえ
気づかってくれない彼女なのに。




男は「行動」を
自分自身だと考えています。

自分が何かするとき、
したことの成果を受け取るとき、
そこに自分という人間の価値を見出します。

危機的状況に
他の事情に優先させてまでも
不得意なことをする、

それに見合うだけの価値が
この関係に
この彼女に
自分と彼女の将来に
あるのかどうか…

彼は
考えてしまうかもしれません。





好きでも
大切な存在でも
誰より愛していても

行動できないときはあるのです。
連絡できないときもあるのです。
表現できないときだって、あります。

そのときに
いつものクセで
「安心して満ち足りたい」とか
「不安を解消してほしい」とか
彼に求めすぎないこと。

してくれないからって
もう終わりだって絶望するのは
「彼はスーパーマンじゃないのね!」
とガッカリするのと同じことです。

そんなことあるわけない。
スーパーマンなわけが。





女はいつだって
安心で満たされていたい、
それは決して
悪いことではないのです。

小さな不安を見逃さない、
その先を見越した繊細さで
10ヶ月も腹に子を宿しておけるのです。

「ほぎゃ」と泣いたら
すぐに駆けつけられるのです。

家族やまわりの人たちのようすを
細やかに気づかうことができるのです。

そうやって
暖かな幸せを紡ぎ出すのです。

女というものは。
 
そういうわけだから
不安になりやすいことも
安心を求めることも
女が女として生きるために
とてもとても大事なことだけれど

だからって
不安に負けたらいけない。
不安で彼を試したらいけない。
 
ギリギリの彼の
息の根を止めたらいけない。

彼が問題を抱えたときこそ
その女らしい気づかいと思いやりで

温かく見守ることができれば。
信頼して放っておくことができれば。

 

そんな風に思います。
 


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朝から晩まで
それこそ寝てるあいだも
うなされて夢に見るほど

仕事のことばっかり考えてる彼が

なぜ
恋愛する気力を
失くしてしまうかというと

ひとつには
こういうことがあります。



多くの職種、多くの職場は
「上下関係」で成り立っています。

上司がいて部下がいて
クライアントがいて
お客様がいて
取引先や下請けがいる。

どんな相手とのあいだにも
上下関係が存在します。

基本的に利害が生じる仕事の場では
まったくフェアで対等な関係というのは
ほぼ存在しません。

書いたように

特に男性は
「場」を大事にする
という性質があります。

たとえば
打ち合わせの場で
お客様やクライアントに対して

上下関係を無視するような態度は
絶対に取りません。

同行した上司を無視して
話を進めたりもしません。

その場にふさわしい態度、
ふさわしい言動をしようと

そのことを最優先に考えます。





男性ほど「場」に感応しない女性は

男性の上司を飛び越えて
親しいクライアントとのあいだで
交渉ごとをとりまとめてしまったり

大事なお客様との会合でも
きゃははは~と
大笑いしてしまったり

男性ほど緊張せず
上下関係を重視せずに

感情を優先して直感的に動きます。

それで
男性の上司や同僚が
内心、苦々しく思うことも
よくあるそうです。





仕事に明け暮れてる彼は
朝から晩まで
そんな「上下関係を重視する場」に
どっぷり浸かっています。

ランチのときも
打ち合わせに向かう電車の中でも
残業中も帰りの電車の中でも

お風呂でも、夢の中でも。

それが苦痛だというわけじゃなく
男というのは
「場」に馴染んでいれば
それなりに安心できる生き物なので

ま~そんなもんだし
ってなものです。
何も考えなくていいから
楽といえば楽です。 

ただし
あまりにもずっと
上下関係の緊張感の中にいると

やっぱり窮屈に感じて
のびのび自分らしく
したくなるようです。

人間だもの。
ね。

それで
同僚と飲みに行ったり
学生時代の友達と出かけたり
仕事とは関係ない趣味の場へ顔を出したり
Facebookで「いいね!」を押したり
するわけです。

上下関係から逃れるための
ささやかな息抜きとして。
 




連絡を待って
会える日を信じて
自爆して問い詰めたいのを
じっとこらえてる彼女にしてみれば

そんな時間があるのなら
人の投稿に「いいね!」ができるなら
 
なぜまず私に連絡しないの!?って

腹が立つし
虚しいし悲しいし。

彼にとって自分が
それほどまでにちっぽけな存在なら

もう手放したほうがいいんじゃないか
身を引くべきじゃないかって

そんな風に思えてきます。

けなげに待ってた結果が
これなんてって

泣けてきます。




仕事ばっかりしてる彼が
なぜ彼女と会うのを
後回しにするかというと

つまり彼は
彼女との上下関係が
わからないんです。

気持ちがないとか冷めたとか
ないがしろにしてるとか
優先順位が低いとか
そういうことではなく

わ か ら な い

んです。 どういうスタンスで接したらいいのか。




ずーーーっと
「上下関係のある場」に浸りきって
首までどっぷりの彼は

思考も感情も関係なく

ただ
「お客様は上」
「部下は下」
「上司は上」
「下請けは下」
って
無意識に自動的に判断して
接しています。

コミュニケーションも
それを前提に、自動的に取っています。

敬語を使うかどうかとか
「お世話になってます」と書くかどうか、
打ち合わせで座るのは上座か下座か、
相手より先に座っていいかどうかとか。

「企業戦士」ってやつです。

戦士というのは
きっちり訓練されているんです。
考えなくても手足が動くように。
命令には絶対に従うように。

ふだんの会話や雑談中でさえ
上下関係によって成り立っている、
ということも少なくありません。

上司が話し始めたら
ハイ、ハイと最後までちゃんと聞く。
上司から質問されたら
それには答える。

自分と部下とだったら
自分から話しかける。

「家どのへんなの?」なんて
上司には聞けないけど
部下には聞くとか。

目の前の相手が
どんな人間かとか
自分が好むか好まないかとか
そんなことは全然関係なくて

挨拶する前から
その人との上下関係は
およそ決まっています。

会社とか職場というのは
そういうところ。




そんな彼が
久しぶりに時間ができたとき

彼女に対して
どう接したらいいのか
わからなくなってる

ということはあります。

なんでわかんないの?(怒)
なんでわかんないの?(笑)

って
女からしたら
摩訶不思議なことなのですが

しかし
そうなのです。
そういうものなのです。

地位とか役職とか会社名とか
「上下関係の場」に
感応しすぎていた彼は
すぐには切り替えられない。

男は切り替えに時間がかかるから。
でも忙しい彼には
切り替えるほど時間はないから。

同僚や仲間は
会えばすぐに「場」ができます。
集まるだけでいつもの「場」になります。
そこに馴染めばいいだけで
上下関係から解放されるから
とっても楽なのです。

でも久しぶりに
コミュニケーションをとる彼女だと
なんか勝手がちがう。
 
地位も役職も所属もわからない
「カノジョ」という存在に対して

自分は
どんな立ち位置で接するべきなのか。
どんな距離感で接していたのか。

わからなくなってしまいます。

さらに
仕事をバリバリ頑張る男は
「交際において男らしくリードすべき」
という考えに
勝手に縛られていたりもして

もともと不器用なのだし
仕事ばっかりしてたんだし
上手にリードできもしないのに
自分で自分の首をしめて


オレはどうすべきなんだ…
どう接するべきだったっけ……
………?????
…………(思考停止)…………。

いろいろ考えすぎて
でも考える時間はそれほどなくて
考えてもよくわからなくて

身動きができなくなってしまいます。



こういう彼には
「彼の出方を待つ」とかしてると
ずーっと待ちぼうけ
ということもありえます。

そしてそのとき
たまたま彼女の側にも
自信のなさや不安感があると

身動きとれない彼と
身動きとれない彼女とで

両すくみ

になってしまって
どうしようもない膠着状態に
なってしまうこともあります。

それが
音信不通という形で
表れてくるということも。




だから
仕事ばっかりして
「上下関係の場」に
長く浸りすぎていた彼には

あまり受け身で待たずに

彼女の方から
少し働きかけるということも
大事です。

彼からの連絡を
待ってばかりじゃなく
適度な間隔で
こちらから連絡するとか。

彼が自分の事情を話しやすいように
話を振ってみるとか。

もちろん
リードしすぎたら
男らしく在りたい彼のプライドが
粉々に砕け散ってしまうので要注意。
(面倒だけど仕方ない)

付き合いってこんな感じだよ~
二人の関係ってこんなだよ~
って

中学生のときに踊った
フォークダンスみたいに

そっと手をとって
楽しく優しくさりげなく
そして根気よく

上手にリードできると

いいんじゃないかなと思います。
 


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