詩人・大岡信さんの書いた
「言葉の力」という文章があります。



今では人間国宝となった染織家、
志村ふくみさんの仕事場に
大岡さんが訪ねたときのこと。

志村さんが織り上げたという
桜色の着物を見た大岡さんは
その色の美しさに目を奪われます。

そのピンクは淡いようでいて、
しかも燃えるような強さを内に秘め、
はなやかで、
しかも深く落ち着いている色だった。

その美しさは
目と心を吸い込むように感じられた。

「詩・ことば・人間 (大岡信著/講談社学術文庫)」より


淡いピンク色であるのに
強い情熱を感じさせるような

はなやかであるのに
しとやかに落ち着いているような

強くも美しい、桜色の糸で織られた着物。

こんな美しい色は
どんな植物から取り出したのかと聞けば
やはり桜であるとのこと。

当然、大岡さんは
桜の花びらを煮詰めて染めた色だと
想像したのですが

実際はそうではなく
桜の皮から取り出した色なのだと
教えられます。

志村さんは続いてこう教えてくれた。
この桜色は
一年中どの季節でもとれるわけではない。
桜の花が咲く直前のころ、
山の桜の皮をもらってきて染めると、
こんな上気したような、
えもいわれぬ色が取り出せるのだ、と。

はにかんだり
のぼせたりして
ふわりと赤く染まった頬のような
「えもいわれぬ色」、

こんなに美しい桜色が
ごつごつした肌触りの
桜の樹の皮から取れるなんて—。

私はその話を聞いて、
体が一瞬ゆらぐような
不思議な感じにおそわれた。

春先、間もなく花となって
咲き出でようとしている桜の木が、
花びらだけでなく、
木全体で懸命になって
最上のピンクの色になろうとしている姿が、
私の脳裡にゆらめいたからである。


桜の花にあらわれるピンク色は

ただ単に
花だけにあらわれた
花びらのピンク色なのではなく

幹と樹皮と樹液と
桜のからだぜんたいが表現した
ピンク色だったのでした。

桜の花びらだけにあらわれたピンク色を
志村さんという染織家が
丁寧なしごととして樹の皮から取り出し

桜という樹木ぜんたいの色として
見せてくれたことに
気づかされた大岡さんははっと驚き、

そして
詩人である彼は
このできごとからさらに
言葉について想いを馳せます。

言葉の一語一語は
桜の花びら一枚一枚だといっていい。

一見したところ
ぜんぜん別の色をしているが、
しかし、
本当は全身で
その花びらの色を生み出している大きな幹、
それを、
その一語一語の花びらが
背後に背負っているのである。


多くの人は
桜の花が咲く季節にだけ
花にあらわれたピンク色にだけ

桜という樹木の
色を見つけて
よろこび
もてはやすけれど

ほんとうは
ほんとうの桜色とは

一本一本の
それぞれの桜の樹木が
全身の力をふり絞った
生きるエネルギーの色。

ほとばしる命の色が
そのほんの一部分が
花びらに染み出したもの。

春の桜の花しか見ない人には
花びらのピンク色しか見えないけれど

樹木ぜんたいの
いのちの色を知っている
志村さんのような人には

ちゃんと
ほんとうの
その樹の色が見えている。

だからこそ
内に秘めた強い情熱と
堂々とした落ち着きをたたえた

「えもいわれぬ色」が染まる。





言葉だって同じこと。

言葉は
言葉そのものに
意味があるのではなく

もとから
その言葉の中に
心があるのでもなく

その言葉を発する人の
その人ぜんたいの心のエネルギーが

たまたま
ひとつの言葉となって
あらわれてきた
というだけのこと。

一枚の
花びらのように。 

その簡潔な言葉に
どれほどの想いが込められているか。

そのささやかな言葉から
どれだけのぬくもりを感じられるか。

そのたったひと言が
その人の人生のすべて、
生きることのすべてを
あらわしているのだと

知っている人と
知らない人のちがい。

知ろうとしている人と
知ろうとしない人とのちがい。

感じとろうとする人と
感じない人とのちがい。

ごつごつした黒い樹皮から
強くも美しい色を
取り出せして見せる人と

花びらのピンク色しか
見ない人とのちがい。

そういう態度をもって
言葉の中で生きていこうとするとき、
一語一語のささやかな言葉の、
ささやかさそのものの大きな意味が
実感されてくるのではなかろうか。




言葉の中にある彼の心を

言葉の量や頻度で
測るのではなく

わかりやすい愛の言葉が
あるかどうかだけで
彼の心を決めつけるのではなく

さりげないひとつの言葉が
彼という人ぜんたい、
彼の人生のすべてをあらわすのだと
知っていたい。

知っていて
大切に大切に
受け取りたい。

不器用な励ましからも
ぶっきらぼうな照れ隠しからも

言葉が見つからず
黙り込んだ姿からさえも 

心が吸い込まれるような
美しい彼の色を
そっと取り出したい。

取り出したその色を
丁寧に糸に染めて
根気よく織り上げていく
その作業の

こんなにも
幸せなこと。

彼の色で染めて
織り上げたその着物を
身にまとうことの

こんなにも
満たされること。

それが
言葉の力。

人が生きて
自分以外のいのちを愛することの力。




そして

彼に向けたわたしの言葉の
ひとつひとつにも

わたしという人間の
心と人生のぜんたいが
色になって
あらわれるのだと思えば

わたしだって
できるかぎりに
強くも美しく
はなやかに落ち着いた色を
ささやかにあらわしたい。

桜の花びらのように
一枚一枚は淡い色であっても

積み重ね寄せ集めれば
圧倒的な感動となって
彼の心に届くように

言葉の力を
わたしの色を

大切に
信じていきたいと



そういう風に思います。




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