彼を待っても待たなくても
彼を信じても諦めても
彼を想い続けても
途中まで待って
途中で待つことをやめても
彼を手放して別の手を取っても

何を選ぼうとも

そこにかならず
幸せはあります。




彼を理解することと
自分を理解することとは
同じです。

彼を受け入れることと
自分を受け入れることも
同じことです。

彼を愛したいと思うときは
自分を愛したいときです。

彼に不満があるときは
自分に不満があるときです。

そんな男だったと
彼を貶めることは
そんな男を愛した自分を
貶めることです。




彼を尊重することは
自分をないがしろにすること
ではありません。

彼を認めることは
自分を否定すること
ではありません。

自分を肯定することは
彼を否定すること
ではありません。




とても苦しいのに
彼を手放すことができないとき
それは
彼に愛された自分自身への
執着かもしれません。

彼を手放すことを決めたけれど
感謝しかないというとき
それは
彼を愛した自分自身への
ねぎらいかもしれません。




自分を愛することと
誰かを愛することとは
同じことです。

矛盾することでも
相反することでも
反比例することでもない。

人が
誰かを大切に思うとき
誰かを助けたいとき
誰かを励ましたいとき
誰かを信頼を寄せるとき
誰かを嫌悪するとき
誰かを否定するとき
誰かを拒絶するとき
誰かを貶めるとき

「誰か」の中にいる
自分自身の姿を見ている。

人は
「誰か」という鏡に映る
自分自身を見て

愛したり
信頼したり
否定したり
拒絶したり
貶めたりする。




 
待っても待たなくても
続けても別れても
たとえ
別の人を愛することになっても
 
そこにはいつも
自分がいて

そこにかならず
幸せもあります。 

どれを選べば
幸せになれるかではなく

自分がどの幸せを望むのか、
ただそれだけのこと。




どの幸せを望もうと
どの道を選ぼうとも

選んでいるのは
他の誰でもない、
自分自身であるということ。

今までも
選び続けてきた、
そしてこれからも
選び続けるのだということ。




誰を愛するのか
どう愛するのか

そこにある
どんな幸せを手に取るのか

彼との出会いに
どんな意味づけをするのか

どんな自分として生きるのか

そのすべてを
自分で決められる、
選ぶことができる、

それこそが最大の幸福。
 

そういう風に思います。
 


にほんブログ村 恋愛ブログ 恋愛アドバイスへ