居心地の良い彼女でいようとする努力を
否定するつもりは決してないのですが

しかしそこには
ものすごく大きな落とし穴が
パックリと口を開けて待っているように
どうしても私には思えます。




このままの私で大丈夫!
という自己肯定感が少ない人は

彼から愛情を奪い取ることで
心に開いた穴を埋めようとしてしまい、
度が過ぎて彼をウンザリさせてしまう。
そのまま恋が終わってしまったりもする。

それが
破滅につながる自爆行動だった
と気がついたら
今度は彼に求めず
自分でその穴を埋めようとします。

「居心地の良い彼女になろう」という努力で。



 

だけどそれは
一歩間違えば
おそろしい努力でもあります。

穴を埋めているつもりが
せっせと掘ってしまっていることもある。
本人も気がつかないうちに。

そしてある日、
その大きな落とし穴に
自分で落ちてしまう。

その穴は
彼も知らない秘密の穴だったから
誰も助けにはきてくれない。

前に恋がダメになったときよりも
もっともっと
大きくて深い穴かもしれません。


 

たとえば
居心地の良い彼女になって
彼から深く愛されたとして

だけどそれは
「居心地が良くなければ愛されない」
という不安を永久に抱えることになります。

美しくなければ愛されないと思い込んで
食べては吐くことをくり返す女性とそう変わらない、
強迫観念にも似た気持ちが
つきまとってしまう。

この気持ちは男にはわかりません。
「努力して愛されるならどんどんしたらいいじゃないか」
と彼らはそう思うはず。

だってそれは
男が求める愛情の形だから。
行動の成果を評価される愛だから。





男は「愛される人間になりたい」と思う。

女は「愛される人間でありたい」と思う。


男はヒーローになりたいし
女はプリンセスでいたい。


自らの努力の成果をこそ
認められ愛されたいと思う男に

努力をやめたら愛されないのだと怯えて
自分の墓穴を掘る女の気持ちは

たぶん永久に理解されません。

逆に言うと、
男は
「オレという存在を愛してほしい」なんて
これっぽっちも思ってない。

これからのオレを見ててくれ、
その上で判断してほしいと、
そんな気持ちは
女にはどうしたってわからない。





「愛されたいから」
いう動機からはじまった努力は
いつか必ず破綻します。

それは女の本能についている
時限装置のようなもの。

失恋して泣いているとき
「居心地が悪かったから嫌われたのだ」
という明快な答えに
最初は飛びついたとしても

それで
居心地の良い彼女になる努力をして
彼に愛されたような気になったとしても

くすぶり続ける不安の火種は
いつか必ず炎となって燃え上がります。

「居心地が良くなければ愛されない
 =本当の私を愛してくれていない」
と、何年も後になって。
結婚した後にでも。


 

居心地の良い彼女になることで
「彼を愛する気持ち」
に自信が持てるのなら、
それはじゅうぶんにやりがいのあること。

だけど変わる努力は自分のため。
居心地の良さは二人の幸せのため。

居心地の良い彼女でいることは、
努力ではなく、
愛情表現であるべきなのだと思います。

だけどいい子にならなくたって、
イイ女じゃなくたって、
愛していいし愛されていい。

居心地の良い彼女になんて、
なりたくないならならなくていい。



努力して愛されたいわけじゃない。
偽った自分のままで愛されたって
今度は愛する気持ちが減っていくだけ。
それが一番大切なものなのに。


愛情を
もっともっとと奪い取りに行けば
それは破壊行動になる。

本当に言いたい言葉を
「いい子」の隠れ蓑で
隠そうとするからうまく伝わらない。

だけど
ただ正直に素直に率直に

「こうしてくれたら嬉しいよ」
と自分の望みを伝えることは

自爆どころか、
彼がヒーローになるための
魔法の言葉になるんじゃないかと、

そういう風に思うんです。


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