恋がうまくいかないとき
恋人の気持ちがわからないとき

変わらず好きでいてくれているか
恋人に確かめたくなるものです。

ちゃんと愛されているという
証拠がほしくなるものです。

恋で悩んでいなくても
たとえば
自分に自信がないとき
心が折れそうになったとき

誰かに
「あなたは大丈夫」
と言ってもらいたくなるものです。

自信のない自分では
自分を認めることができないから
誰かに認めてほしい。

自分の内側が
ぐらぐらと揺れているから
外側からの
揺るぎない評価がほしい。

そうして
誰かに
恋人に
安心させてもらいたいのです。





彼女は
連絡の頻度だったり
お金を出してくれたかどうかだったり
記念日を覚えてくれて
お祝いしてくれるかどうかだったり
イベントは世間並みに
一緒に過ごしてくれるかどうかだったり
「好き」「かわいい」と
どのくらい言ってくれるかだったり

そういうことで彼の愛情を計ります。



彼の愛情が
十分に感じられたなら
「自分は愛される存在なのだ」
と安心します。

彼の愛情に感謝したり
彼の愛情に満ち足りたり
ということよりも
自分自身に安心する。

そうして
一度確認して
十分に感じられたからといって
それで終わりということはなく

自信がなくなったり
寂しくなったり
心が折れそうになるたびに

何度でも何度でも
確認したくなるし
評価してほしいと求めます。

自信がないときは
安心させてもらいたいから。




彼の愛情に
不足を感じたなら
「自分は愛されない存在なのだ」
と悲しくなります。

そのときの彼の
状況や事情や心境に
思いを巡らせることよりも
ただただ不安になる。

確認できるまで
評価してくれるまで
何度も何度も求めたくなるし

愛情が感じられなければ
なんて不誠実で冷たい人だと
泣けてきます。

不安なときは
安心させてもらいたいから。

不安になるたびに
「変わらず好きだよ」
と言ってくれる人だったらよかったのに

不安になる前に
たとえ仕事中でも連絡をくれて
「大丈夫。心配ないよ」
と言ってくれる人だったらよかったのに

催促なんてしなくても
記念日を覚えていてくれて
誘ってくれる人だったらよかったのに

言わなくても
ちゃんとわかってくれて
黙って抱きしめてくれる人だったら
よかったのに

どうして彼は
そうしてくれないんだろう

別れたいのかな
別れたほうがいいのかな
とさえ考えます。

もっとちゃんと
安心させてくれる人じゃないと
不安で仕方がないからです。





でも
彼だって同じです。

認めてもらいたいし
評価されたい。
自信がないとき
心が折れそうなときは特に
「大丈夫だよ」と
誰かに言ってほしくなるものです。

彼らのその気持ちは
もしかしたら
女性よりもずっと
私たちが想像するよりもずっと

切実で強迫的で
必死なものかもしれない。

焦燥感や無力感や敗北感に
圧倒されているのかもしれない。

彼のほうが
ずっと。





「何者かでありたい」
という願望は
女性より男性のほうが
ずっと強いものです。

他人の評価を必要とするのは
女性より男性です。

私たちは小さな女の子だった頃から
お友だちや家族との
とめどないおしゃべりを通して
「自分」という存在の輪郭を
何度も何度もなぞってきました。

成長して
恋をする頃には
「自分」について
なんとなくわかっているものです。

でも
男の子はちがう。

女の子が
「わたしってね」と
自分について
語り合っていたあいだ

男の子は
駆け回ったり捕まえたり
登ったりやっつけたり
汗をかいたり服を汚したり
すり傷をつくったり
うっかり物を壊したり

無心で夢中で時間を忘れて
頭をからっぽにして
頭をいっぱいにして
ひたすら
今を生きていたのです。

鏡に映る自分に気づけば
好きなヒーローになりきって
かっこつけたり
ポーズをとったり
台詞を言ってみたりするだけ。

自分について
おしゃべりする暇なんかない。

頭の中には
遊ぶために必要な
ルールや設定や知識を
ぎっしりと詰め込み

心は
理想と空想と妄想で満ち
両手はいつも
戦うために空けている。

そうして
瞬間を走り抜けるように
少年時代が過ぎ

自分の輪郭など
一筆もなぞらないまま
真っ白な画用紙を持って
彼らは
思春期を迎えます。

そして
呆然とする。

自分は何者なのか
何者になるはずだったのか

ヒーローになろうとして
ほとんどなりきって
夢中で走ってきたのに

はたと気がつけば
何者でもない自分がいる。

「何者かにならなければ」と
突き上げるような衝動が
芽を吹く。

社会に出て認められたい
何かを発信したい
社会の役に立ちたい
世の中に貢献したい
お金を稼ぎたい
高い地位も手に入れたい
願わくば
歴史に爪痕のひとつも残したい
叶うなら
女の子に好かれたい

男の子の
野望と焦燥のはじまりです。

もちろん女だって
社会で認められたいし
お金を稼ぎたい気持ちもあるし
世の中に貢献したい気持ちもある。

だけど女性は
少なくとも男性よりは
「自分」を知っているし
 
自分という存在の輪郭を
おぼろげにでも
描くことができている。

そして
私たちは心のどこかで
なんとなく、でも確かに
知っています。

命を育む性であること。
この世に命を生み落とす性であること。

だから
「評価されたい」という気持ちは
男も女も同じだけれど

切実さがちがうのです。
重圧がちがう。

何者にもなれなかったときの
絶望感がちがう。

お互いに不安だとしても
お互いに自信がないとしても

どうしても評価されたい
評価されなければと
渇望にも似た思いを抱いて
苦しみもがいているのは

いつだって
彼の方なのです。





彼が
あなたを見つめているとき

あなたを値踏みしているのでも
あなたを評価するためでも
ありません。

彼が
あなたを見つめるのは

あなたの目に映る
自分の姿を見るためです。

男性は
女性の目に映る自分の姿を見て
「自分は何者であるのか」
を確かめています。

うれしそうに笑ってくれれば
その瞳に
「女の子を楽しませる男」
が映っているということ。

怪訝な顔で無視すれば
その瞳に
「相手するほどの価値もない男」
が映っているということ。

尊敬のまなざしで
うっとりと見つめてくれたら
その瞳には
「デキる男のオレ」
が映っているということ。

どんなときも
幸せそうにしていてくれたら
「愛する女を幸せにできているオレ」
が映っているということ。

彼らはいつも
女性の瞳の中に
自分の姿を探しています。

自分ではよくわからない
自分という存在の輪郭を
彼女の瞳の中で
確認しようとしています。

男性は
女性を見つめているのではない、

女性という鏡が映し出す
自分自身の姿を
見ようとしているのです。




不安で
愛されてるか確かめたくなったとき

連絡の頻度やお金で
彼の愛情を計りたくなったときには

その前に
果たして自分は
この目に
どんな彼の姿を映していたのか

考えてみることです。

あなたが
いつも自信がなかったり
いつも不安げだったり
いつも寂しそうだったり
求めてばかりだったり
不足を数えてばかりだったなら

彼は
あなたの瞳の中に
「たったひとりの女も満たせない
 不甲斐ない男」
を見たかもしれません。

あなたが
「自分が愛されてるかどうか」を
気にしてばかりだったなら

そうして
彼をちゃんと見ることを
おそろかにしていたのなら

彼は
何も映らないあなたの瞳に
がっかりしたかもしれません。
自分が透明人間のように思えて
虚しくなってしまったかもしれません。

だから
やればやっただけ
ちゃんと評価が得られる仕事や趣味に
没頭してしまったのかもしれません。

彼女に会いたいと
思えなくなってしまったのかもしれない。

その瞳に映る
自分の姿を見ていられなくて。






お互いに自信がなくて
お互いに評価されたくて
恋が
停滞してしまっているなら

まずあなたが
評価されたい気持ちは
ひとまず脇に置いて
自信のなさも
とりあえず棚上げして

彼を
「最高の男」として
映し出すことです。

自分が評価されることよりも
彼を承認すること。

先に自分から与えること。

女に生まれた私たちには
その力が備わっている。

受け入れ
生み育み
与える力。
 
彼が
疲れてくたびれていても
もうダメだと打ちのめされていても
情けなくても
余裕がなくても
出し抜かれていても

現実がどうであったって関係ない。

どんなときでも
どんな彼でも

あなたの瞳に映る彼が
「世界で最高の男」であれば

彼はそれを見て
顔を上げることができる。
前に進むための力を得られる。
またやってみようと
奮い立つことができる。

「あなたはもっとできるはず」でも
「そのままで大丈夫だよ」でも
「いつも幸せにしてくれてるよ」でも
「いてくれてありがとう」でも
「どんなときも素敵」でも 
なんだっていいから

あなたなりに
あなたが知るかぎりで
あなたにできるかぎりで
「最高の男」として彼を
その目に映し出すことができれば

きっとそれが愛です。

 

たったひとりでいい、
どんなときも
自分を「最高の男」だと
見ていてくれる人が
そばにいてくれたら

彼は
「何者かにならなければ」
と追い立てられるような
重圧から解放されて

「何者かになってやろう」
「何者かになれそうだ」
と自信を持つことができる。

少年時代みたいに
自由に力強く
どこまでも走ることができる。



愛する人を
 
あなたが最高だと信じるその人を

この目に映し出すだけで
自信を与えることができるなんて

女に生まれるということは
どれほど誇らしく
幸せであることかと
 
そういう風に思います。



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