ホジャという
トルコのお坊さんがいた。

ある夜、外灯のまわりで
ホジャが何かを探しているのを
通りがかりの人が見つけ
声をかけた。
 
「何を探しているのですか?」

「鍵を探しているのだ」
とホジャはこたえた。

そこで
通りがかりの人も一緒になって
ホジャの失くした鍵を探したが
鍵は見つからない。

通りがかりの人がもう一度聞いた。
「そもそも鍵はどこで失くしたのですか?」

「家の中で失くしたのだ

「ではなぜ外を探しているのですか?」

「明かりのあるところで探した方が
 よく見えるからに決まっているじゃないか」

古い古い、トルコの昔話。





大事な鍵を失くして
大事な鍵だからこそ
なんとかして見つけねばと
必死で探していたのだけれど

失くしたその場所を
探さないでいて
見つかるわけなどないのに

明るいところで
探そうとする。

明るいところでしか
探そうとしない。

失くした場所を
探そうとしない。

とても大事な鍵なのに
どうしても見つけたい鍵なのに
失くした場所もわかっているのに

探そうとしない。

探しているふりをして
探そうとしない。




探そうとしないのは
見つけようとしていないのと
同じこと。

明かりのない場所を探すのは
なかなか面倒なことだから
探そうとしないのか

暗がりを探すのが
怖ろしいから
探そうとしないのか

それとも
ほんとうは
ほんとうの本心では

鍵を見つける気など
そもそもはじめからないのか

鍵を見つけて
家の中に入るのが怖いのか。

その
どちらなのか
どちらもなのか
とにかく

見つけようとしなければ
見つからないし

探そうとしなければ
探せない。

大事な大事な鍵なのに。





明るいところに
こたえがあるような
気がするかもしれない。

外側にばかり
こたえを求めたくも
なるかもしれない。

だけど
大切なものはいつだって
内側にある。

心の
自分の
内側にある。 

真っ暗なその場所で
最初は戸惑うばかりでも

暗くて何も見えなくて
見つかるわけないと
途方に暮れそうになっても

見続けていればそのうち
暗がりに目がなれて
ぼんやりと
うっすらと
心の内側が見えてくる。

怖がることはない。

自分のために
勇気を持って

大事な鍵を探しに行こう。





心の底の暗がりの
冷たい床に落ちている
小さな鍵は

きっとあなたを自由にする。

その鍵で
どこへでも行ける。



そういう風に思います。

 

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