恋するつぶやき

恋する不安が少しでも落ち着きますように。彼のキモチと彼女のココロについてつぶやくブログです。

November 2015

ずいぶん昔、
マグロ漁船の船長さんが
テレビに出て
話していたときのこと。

その方は
マグロ漁では
かなり有名な船長で

アメリカの水産会社から
ヘッドハンティングの話が
何度もきたのだとか。
しかも年俸提示額は数億。

そんなすごい人とは思えないほど
小柄な船長は
必要最低限の口数で

訊かれたことに
ぽつりぽつりと
つたなく返事をしていました。





マグロ漁船にかぎらず
漁船の船長というのは

自分が漁をするのはなく
目的の魚がいるところに
船を出し
漁師に釣らせる
というのが仕事です。

広大な海の中で
なるべく大きな群れを探し当て

探し当てたら
時間の許すかぎりで
釣れるだけ釣る。

その漁獲高で
船員たちとその家族の
生活が成り立つわけだから

船長の責任は重大。

釣れない日が続けば
もちろんのこと

仕事を終えた船員たちが
寝たり飲んだり
それぞれに過ごしている間も

カップ酒で
ささやかに乾杯する
大漁のその夜でさえも

マグロのことを考えてる。

なぜ釣れないのか。
なぜ釣れるのか。
群れはどこにいるのか。
次はどこへ向かえばいいのか。

朝から晩まで
眠っているあいだも
一日じゅう
年がら年じゅう

ひたすら
マグロのことだけを
考え続ける。

寝ても覚めても。





そのことを
船長はこう言っていました。

マグロのことばかり考えていると
自分が
マグロになったような
気になってくる。

いったん
港を出たら
1年近くは帰らない遠洋漁業、

奴らはどうする
奴らはどこへ行く

狭い船室で
マグロの習性を頭に叩き込んで
マグロの気持ちになって
考えているものだから

自分自身が
マグロになったような
そういう気持ちになってくる。

たまに
どこかの港に立ち寄って
船を降りることがある。

船員たちがそれぞれに
散髪したり
息抜きしたり

外国だけど
その町の郵便局留めで
家族からの電報や手紙が
届いていることもあるから
それを引き取りに行く。

船長にも
妻と子どもがいて
その手紙には
「お父さん元気ですか」とか
「早く帰ってきてね」とか
書いてあって

船長は
その手紙を読んだときに

「あ、オレ人間だったっけ」って
思い出すんだと

そう言っていました。

何ヶ月も海の上で
ずーっとずっとずっと
マグロのことばっかり考えて
マグロになった気持ちでいて
マグロだけを追いかけて

家族からの手紙を読んだ
そのときだけ

そういえば
オレは人間だったんだ
人間で、人間の家族がいたんだと
思い出すわけよ。

すっかり忘れるんだよ、
家族のことなんて。

手紙が届いたときだけ
あ、
って思い出すのサ。 

って
淡々と
呟くような
船長のその言葉が

すごく印象的で
いまだに
よく覚えています。





待っている側の
家族からしてみれば

養ってくれていたとしても
愛情の薄い
夫であり
お父さんだったかもしれないし

それとも
家族としては
寂しくとも
そんなお父さんを
尊敬していたのかもしれないし

どういう気持ちで
待っていたのか 
それは
わからないのですが

船長のおかげで
家が建ったという漁師が
何人いたとしても

やはり
家庭人としては
褒められたものでは
到底なかっただろうと思います。

だけど
そうじゃなければ
そこまでしなければ

伝説にはなりえなかった。




当時のマグロ漁船で
世界一と言われた船長は

他の追随を許さない
天才的な勘と

自分が人間だったことさえ
忘れるほどの
圧倒的な集中力でもって

マグロを追いかけ
ときには
その行動を読み
先回りして釣り上げる。

マグロ漁船の船長として
当時、世界の頂点に立った彼が

満足そうにゆったりと
煙草の煙をくゆらせながら

マグロの話をするときの
あの
柔らかな表情を見れば

家庭か仕事かなんて
家族への愛情の形はなんて

そんな野暮なこと、
言えるはずもない。





「オレ、人間だったっけって
 思い出すのサ」

と話す船長の

太陽と潮風に
焼けるだけ焼けて
深い皺が刻まれた口元が
かすかに緩む

その
満ち足りた表情を見れば

もう何も言うまいと
家族だって
そう思ったに違いない。




残してきた家族を忘れ
人間だということすら
忘れるなんて

本当に男って
なんて生き物なんだろうと
気が遠くもなるけれど

同時に

男が仕事をするということの
厳しさと重さ
そして
果てしないロマンを

想像せずにはいられない。


そういう風に思います。


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悩みや苦しみは
幸福な人生のために
必要なものだ

と言っても
すぐには
信じられないかもしれないけれど

でも
本当のことです。

不安になったり
悲しくなったり
落ち込んだり
怒ったり
大きなストレスを感じたとき

どうして自分だけ
不幸せなんだろうと
考えてしまったり

不安や悩みのない人が
いかにも幸せそうに見えて
妬ましく思えたり
するけれど

本当は
まったく逆なのです。

もっとも幸福な人たちは、
大きなストレスを感じていながらも、
精神的に
落ち込んでいない人たち
だったのです。

そのような人たちは、
自分の人生をほぼ理想に近いと
考えている割合が
高いこともわかりました。

『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』
また、
ストレスの少ない生活を
送っている人たちは、

意外にも
あまり幸せを感じていないことが、
研究によって
明らかになっています。



人は
ストレスを感じた経験が
多ければ多いほど

人生に
大きな意義を感じます。

人生の意義とはつまり
「生きがい」のこと。

辛い過去も
苦しい試練も
悲しい経験も
将来について
不安を抱いていた時間も

その経験があったからこそ
今があるのだ、と

起きたできごとすべてに
意義を見出すことができたら

それが
生きがいに繋がる。

充実した人生を送っていると
実感することができる。

それが
「幸福感」です。

不安や悩みが少なく
ストレスがない方が
幸福な人生だというのは

大きな勘違いで

ストレスと生きがいは
意外なほど
強く結びついているものです。




ものごとの
良い面を見ようとすることを

「楽観的だ」とか
「現実が見えていない」とか
揶揄する人も
いるかもしれません。

もっとシビアに
客観的になるべきだと
諭す人も
いるかもしれません。

現実的になった方が
合理的に
幸せを手に入れられると
信じている人も
いるかもしれません。

それはそれで
間違いではないけれど

起きたできごとに
どんな意味づけをするのか、
起きたできごとから
どんな意義を見出すか、

その方が
ずっと大事なことです。

客観的な分析より
表面的な現実の把握より
 
ずっとずっと必要なこと。




どんなに辛く
悲しいできごとでも

そのできごとは
何かを教えてくれている。
何かを見せようとしてくれている。

片想いも
失恋も
音信不通も

大切な何かを
教えようとしてくれている。

忘れていること
気づけないでいることを
知らせようとしてくれている。

できごとそのものが
幸福とか不幸とか
良いとか悪いとかに
分別できるのではなく

そのできごとから
何を気づけるか。

たくさんの意味の中から
自分が何を選ぶか。

どんな意義を見出すか。

それによって
人生の幸福度が決まる。

幸せなできごとが
人を幸せにするのじゃない。

起きたできごとの意味は
他人が決めるものじゃない。

いつだって
幸せは
自分で選ぶもの。

自分で探し出し
自分で決めることができるもの。

わたしたちの誰もが
その力を持っている。

どんな人にも
その力が備わってる。

人生に意味を見出す能力は、

大きな困難に直面しても、
やる気を失わずに
がんばるためには
不可欠です。

そのため、
人間には苦しみに耐え、

その意味を理解するための
本能と能力が
備わっています。
ストレスのおかげで、
わたしたちは
人生に意味を見出そうと
努力するのです。


彼との関係が
うまくいかなくなったとき

そんな男には
早く見切りをつけて
さっさと次を探しなさいと

そういう助言は
よくあります。

どこかで
手放すと決めることも
次の出会いに期待することも
決して
間違ったやり方ではないけれど

それより前に
するべきことは

このできごとの
意味を見つけること。
意義を見出すこと。

隠されたメッセージに
気づくこと。

喧嘩したことにも
音信不通になったことにも
心変わりにも
別れにも

そこには必ず
大切な意味がある。

その意味を
見つけないでいて
探そうともしないでいて

彼が悪いと決めつけて
とっとと見切っても
さっさと次を探しても

幸せには近づけない。

 

どうしてこんなに
うまくいかないんだろう
辛くて苦しくてたまらない
というときにこそ

出会った意味を見つけること。
 
辛いできごとの中に
小さな輝きを見つけること。

こんなにも
多くの人がいる中で
この彼と
巡り会った

その意味を

自分で探し出して
感謝することができたら

そのときはじめて

その恋の
ほんとうの幸せを
実感できるのはないかと

そういう風に思います。


スタンフォードのストレスを力に変える教科書
ケリー・マクゴニガル
大和書房


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彼の海の
潮が引ききって

その海底からあらわれた
小さな孤島を

彼女は見た。

あの満月の
大潮の夜。




強く抱きしめた彼が
安心したように
大きく息を吐いた夕暮れ

二人でシーツにくるまって
くすくす笑いながら
触れ合った夜明け

言葉もなく
ただ手を繋いで歩いた別れ際

そのとき
彼の心にあらわれた孤島を

彼女は
たしかに見た。




パステル色の珊瑚礁が
繊細に広がる浅瀬

マングローブが根を張る
透明な水辺

入り江を覆うように茂る森の
いちばん立派な樹の上には
ツリーハウスの秘密基地

鳥たちのダンス
小動物の運動会

浜辺には
古びたボートと壊れたオール

ひっそりと人の気配はなく
寄せる波の音
木の葉がすれ合う音

いのちの輝きに溢れた
その島の反対側には

たぎるマグマの熱を抑え
おごそかに沈黙する活火山

豊かで大らかな
優しく甘やかな
無邪気で明るく
寂しく孤独で
世にも美しい

そして
恐ろしくもある

彼の孤島。




その島は

ふだんは
彼の心の奥深く、
暗く冷たい深海に眠っていて

誰にも見つかることはない。
誰にも見せるつもりはない。

だけど
彼女に恋をして
心を許した
あの大潮の夜、

彼も気づかないうちに
あっというまに潮が引き

心の底に
沈めていたはずの孤島が

彼女の前に
忽然と姿をあらわした。

彼女は
きっと
それを見た。




あれから

潮は満ちるばかりで
引くことはなく

彼のあの島は
今や
影も形もなくなってしまった。

彼女が
船の上から
必死で身を乗り出し
どんなに目をこらしても

深い藍色が続くばかりで
彼の孤島は見つからない。

沈黙する彼の海で
ひとりぼっちで残された彼女は

しけが続けば
あまりの荒波に
船酔いのような不安に苦しみ

凪が続けば
あまりの静けさに
漂流するような絶望に襲われる。

なのに
岸に戻る決心ができない。

もう少し探したら
見つかるかもしれない
また現れるかもしれない
そう思って
待ってしまう。

あの美しくも寂しい
怒りを秘めた
小さな島、

あれはきっと
彼のほんとうの心だった。

そう思えて

どうしても
どうしても
忘れられない。





あのとき

小さな島があらわれた
あの大潮の夜、

どうしてもっと
彼の心を大切にできなかっただろう。

壊れやすい珊瑚礁に
踏み込もうとしてしまった。

ツリーハウスの秘密基地を
無理に暴こうとしてしまった。

鳥たちの大らかさにも
小動物のにぎやかさにも
いちいちケチをつけて

聞きたいことだけを
もっと言って
もっともっとって
何度も確かめるだけで

さざ波の音も聞かず
葉ずれの音に耳を澄まさず

どうしてあんなに
不安な顔を
見せてしまったのだろう。

どうしてあんなに
寂しがってしまったのだろう。

どうしてもっと
素直によろこべなかったのだろう。
心から感動できなかったのだろう。

あんなにも
美しい島だったのに。





不安げで寂しがるばかりの
彼女の表情を見て

彼は何を思ったのか

珊瑚礁が傷つくことを
恐れたのか

その島が醜いせいだと
自信をなくしたのか

島の裏側の
活火山の存在を知られたと
恥じたのか

とにかく彼は

深い海の底に
前より深い無意識の底に
島を沈めてしまった。

もう二度と
島があらわれないように。

島なんてどこにもないって
最初から
全部なかったことにするために。





潮はもう引かないかもしれない。

彼の海は
満ちるだけ満ちて

あの島は
まぼろしとなって
海の藻屑と消えたかもしれない。

それでも
これだけは間違いなく言えること、

「彼女は確かに見た」。





彼女だけが
確かに見たのだから
知っているのだから 

もう一度見せてと
必死で探すのじゃなく

また潮が引くように
泣いてせがむのじゃなく

ただ
伝え続けることはできる。

あの島が
彼の心に沈む小さな孤島が

どれほど美しかったか
どれほど
いのちの輝きに溢れていたか

語りかけ続けることはできる。




もうあの島が
姿をあらわすことはなくても

彼の海に
心の深い深い奥底に

今も
あの美しい島が眠っていると
信じることができれば

彼に 
その美しさを
伝え続けることができれば

いつかまた
大潮の夜が巡ってくることも
あるかもしれない。

潮が引いて
島があらわれることも
もしかしたら
あるかもしれない。

そしたら
そのときは
今度こそ

静かに微笑んで
心からの感動を伝えられれば

欠けた月が
また満ちはじめる。

止まっていた時間が
きっと動きはじめる。
 

そういう風に思います。


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突然に
彼と連絡が途絶えて

返信がなくなって
既読にもならなくなって

それから数週間、数ヶ月

もうあきらめよう
やっぱり待ってみよう

行ったり来たりの
気持ちのくり返しで

身動きがとれなくなって
立ち尽くしてしまったなら

立ち尽くしたその場所で
もう動かなくていいし
何も決めなくていいから

自分の心に
訊いてみてほしいことが
ひとつ、

なぜ
彼なの?




男性脳が濃いからって
激務だからって
不器用だからって
口ベタだからって
時間がないからって
ストレスを抱えてるからって
精神的にギリギリだからって
自分に自信がなくなったからって

だからって
付き合っている彼女に
何も言わずに

何日も
何週間も
何ヶ月も

返信も発信もせず
電話もかけず
会おうともせず

音信不通にするなんて

不義理なこと甚だしいし
彼氏として
男として
人として

彼のやり方は
褒められたものじゃない。

そこに
彼なりのどんなに正当な理由が
あるとしても。




そんな男なのに
なぜ
彼なの?

そんなにも不義理で身勝手で
ひとりよがりで殻にこもってしまう
どうしようもない男なのに

なぜ
今も
彼なの?

いったい
彼の何が
自分を繋ぎ止めているのか

この強い引力は
彼のどこから来ているのか

会えなくなって
連絡すらとれなくなった今、

恋しく思い出すのは
彼のどんなところなのか。

「これからどうするか」
を決める前に
「彼はどういうつもりなのか」
と悩む前に

まず
考えてみてほしいこと。

なぜ
彼なの?




そして

なぜ彼なのか、
その細い糸口を辿れば
自分の心が見えてきます。

あんなに優しい人はいないと
そう思うなら
自分の中に
優しさを求める心がある。

あんなに落ち着ける人はいないと
そう思うなら
自分の中に
安定感を求める心がある。

あんなに頼れる人はいないと
そう思うなら
自分の中に
安心感を求める心がある。

あんなに楽しい人はいないと
そう思うなら
自分の中に
明るさを求める心がある。

あんなに通じ合った人はいないと
そう思うなら
自分の中に
人と繋がりたいと求める心がある。

あんなにも
愛してくれた人はいないと
今も焦がれるように
胸が締め付けられるように
そう思うのなら

自分の心に
愛されることを渇望する女がいる。
愛が足りなくて
泣いている女がいる。




音信不通になってさえも
心を掴んで離さない、
その強烈な引力は

彼の中にあるのではなく
何かを求める自分の心にあります。

音信不通になっても
あきらめきれないのは

かつて彼がくれた
優しさや安心感や
愛されてる実感なのかもしれない。

彼自身ではなく。




それが
間違っているとか
その気持ちは
愛情じゃないとか

そういうことでは
決してないのだけれど

ただ
今すごく苦しくて
なのにどこにも行けなくて

誰か助けてって
叫び出したいような気持ちで
毎日を過ごしているのなら

助けてあげてください。

自分自身を
その袋小路から
今すぐ。

どこにも行かなくていいし
何も決めなくていい。

待つか待たないか
終わりにするかしないか
気持ちを整理するかしないか

今すぐ選ばなくていいから

ただ
自分の中の
求める心に気づいて

「彼じゃなくてもいいんだよ」と
自分に言ってあげること。

自分の心が求めるものを
与えてくれる人なら
彼じゃなくてもいいのです。

他の人がくれる優しさでも
他の人がくれる安定でも
ちゃんと
満たされます。
彼じゃなくても。

死ぬまで付き合っていくのは
生涯でただひとり、
自分だけ。

相手が変わっても
彼じゃなくても
ちゃんと
幸せになれます。

この自分さえいれば。




なぜ
彼なのか。

自分の心が
何を求めているのか。

よくよく心と向き合って
それを見つけることができれば

行き止まりの袋小路に
新しい道が見つかります。

そして
ちゃんと歩き出せる。

もしも
歩き出したその先に
やっぱり彼がいるなら

それでもやっぱり
彼なんだとそう思うなら 

そのときは

自信を持って
まっすぐな気持ちで

待ちたいだけ待てばいい。
心がそう望むのだから
望むぶんだけ
愛したいだけ

彼を愛すればいい。


そういう風に思います。


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「思い通りになること」が
幸せだと思っているなら
たぶんそれは勘違いで

自分の思い通りになることで
コントロールしたい欲求や
支配したい欲求、
優越感や万能感は
満たされるかもしれないけれど

それは
幸せとは
別のものです。



「思い通りになること」が
幸せだと思っていたら

思い通りにならないとき
その幸せは消えてしまいます。

さっきまで
確かに手にしていたはずなのに
それこそ煙のように
狐につままれたように
あっけなく消え失せます。

そんなにも脆い、
心もとないものを
幸せだと勘違いして
しがみついているなんて

あまりにも虚しい生き方です。




たとえば
「彼に溺愛してほしい」
という気持ちがあって

思い通りにしたくて

男性心理を勉強して研究して
彼がもっと
好きになってくれるように
彼がもっと
大事にしてくれるように
いろいろ頑張って試してみて

その通りになったとします。

思い通りにしたい人は
思い通りになったことで
満足感を得て

なんて幸せなんだろうって
思うかもしれません。

付き合ってる彼なら
デートで喜ばせてくれる
誕生日を祝ってくれる
プレゼントをくれる
たくさん連絡してくれる
遠いのに疲れてるのに
無理して会う時間を作ってくれる
毎回家まで送ってくれる
スキンシップしてくれる
おしゃべりに付き合ってくれる

結婚している彼なら
家事をすすんでやってくれる
育児を手伝ってくれる
ねぎらってくれる
病気の看病をしてくれる
感謝してくれる
大事にしてくれる
仕事より家庭優先してくれる
飲み会を断ってくれる
たくさん稼いでくれる

そうやって
「自分の思い通りになったこと」
をひとつひとつ数えて
それが多ければ多いほど

愛されてる証拠だと思い

幸せのバロメータに
しているかもしれません。




だけど人生には
思い通りのままでは
いかないことも
たくさんあります。

「思い通りになること」を
幸せだと勘違いしていた人は

幸せのバロメータとして
リストアップされていた項目が
ひとつなくなるたびに
幸せが減っていきます。

思い通りになることを
数える癖があると
思い通りにならないことも
数えてしまいます。

デートがマンネリになった
話を聞いてくれない
疲れたからと断られる
迎えに来ない
送ってくれない
残業ばっかり
ねぎらってくれない
感謝してくれない
いちゃいちゃしてくれない 

「思い通りにならないこと」が
出てくると
ストレスが溜まって

愛さえあれば
彼の努力次第でなんとかなる、
なんとかすべきなのだと
そう思い込むから

どんどん
「思い通りにならないこと」が
目につくようになってきます。

思い通りになることが
愛情の証、
幸せのバロメータであったから

思い通りにならないことは
愛情がない証拠、
不幸のバロメータになる。

そうして
イライラむかむか過ごします。
悲しくも虚しくもなります。

愛されない
不幸なんだって
自分で自分を憐れんで

気分がどん底に落ち込んで
正真正銘本当に、
不幸な人になってしまいます。




結局のところ

「思い通りになること」を
望むということは

彼を思い通りにしたい
ということです。

「思い通りになること」が
幸せだと思っているのは

彼が思い通りになれば
それが自分の幸せだと
思っているということです。

他人が
自分のために
存在していると思っている。
 
恋人は
自分を幸せにするために
必要だと思っている。
 




たまたま
思い通りになる彼に出会って
思い通り溺愛してくれて
思い通り結婚したとして

他人を思い通りにすることで
幸せを感じようとする人は

彼や夫以外の人のことも
思い通りにしたくなります。

子ども
夫の家族
ママ友
職場の人
将来の子どもの結婚相手
孫…
思い通りにしたい相手は
どんどん出てきます。

思い通りにならない人は
自分を不幸にする人だから

思い通りにならないとなれば
そのことが許せなくて

非難したり悪口を言ったり
嫌ったり遠ざけたりします。

特に子どもは
ある年齢になるまでは
母親の思い通りになりやすいので

とことんコントロールして
子どもの自尊心を破壊したり
 
強い反抗にあって
親子関係がこじれたりします。

そのとき
かつて感じた
「思い通りになる幸せ」は
その人の手から
こぼれ落ちて
すっかりなくなっています。

その人は
なくなった幸せを嘆き
他人を呪うだろうけれど 

もともとそれは
幸せでもなんでもないのだから
 
嘆くまでもない。

もとから
幸せでもなんでもなかった。

ただ
思い通りになっていただけで。





幸せは
外側の何かを引きちぎってきて
強欲に掴み取るものではなく

自分の中にあるもの、
信念をぎゅっと強く握って
離さないというものです。

外側にある何かやできごとが
幸せにしてくれるのではなく
 
幸せは
心の中で感じるものです。

もたらされるのではなく
与えられるのでもなく
他人から奪うのでもなく

自分の心の中から
湧いてくる気持ちのことです。

幸せって。


 



他人を
思い通りにするのではなく
自分の心が思うように
自分が行動すること。

他人が
「思い通りになるかどうか」、
そのことだけに必死になって

策を巡らし
案を講じ
思い通りにならなければ
不安でイラついて
落ち込んで苦しくて、

人生の多くの時間を
そんなことに費やすなんて
そんな気持ちで過ごすなんて

なんだかすごく
もったいない。

それより

自分が思うように
自分の心の思い通りに
生きた方がきっと楽しい。

他人は
思い通りにならないし
他人を思い通りになんて
しちゃいけない。

だけど
人生は
自分の思い通りになる。
自分でそう決めて
生きることはできる。

 
 

彼が思い通りになったことを
魔女みたいに数えて
愛されてる証拠にするのじゃなく

彼が思い通りにならないことを
魔女みたいに呪って
不幸だと嘆くのでもなく 

自分が愛する気持ちを
ひとつずつ丁寧に育めば
それが 
 
ぽかぽかと心を暖めてくれる
陽だまりみたいな幸せに
きっとなる。

そういう風に思います。



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元々
仕事が忙しい彼が
もっと忙しくなって

連絡もままならない、
会う約束なんて数ヶ月先、
という状況になったとき

そんな男とは
幸せになれないし
早く見切って他を探しなさいと
忠告されることは
よくあります。

そりゃあ
会えなければ寂しいし
連絡すらなければ
不安にもなるけれど

だからって
「彼は私を幸せにしてくれない」
という考えは

ちょっと違うと思うのです。




仕事ばかりしてる男性は
恋愛や結婚に向けるエネルギーが
少ないので

いつも一緒にいたいとか
毎週デートしたいとか
LINEのラリーを続けたいとか
深夜の長電話が好きとか

そういう女性にとっては
つまらない付き合いしか
できない相手だ

というなら
それは確かにそうです。

生活とか相性とか
そういうのが合わない人と
この先の人生も
長くやっていくのは難しい。

そう思うなら
それもそのとおりです。

でもだからって
別れを選んだ理由が
「彼は私を幸せにしてくれない」
ということだとしたら

それもやっぱり違うと思うのです。




楽しいとか
飽きないとか
笑いが絶えないとか

そういうことも
大切なことではあります。

だけど
彼を愛してるというのなら

その愛する人が
どうしてもやり遂げたいことに
時間と体力と精神力の続くかぎりで
全身全霊で取り組んでいる
そのときに

その姿を
応援できないでいて

彼が大切にすることを
一緒に大切に思えないでいて

果たしてそれを
愛と呼べるのかどうか。

どんなにくたびれていても
イライラしてても
余裕がなくても
キャパが小さいと思えても

その仕事で
どうにかして身を立てるのだと
自己実現に向かおうとする、

彼のその
ひたむきさ
集中力と責任感
真摯に取り組む姿に

胸を打たれないでいて
そっと見守れないでいて

それなら
いったい
彼のどこに惹かれているのだろう。

彼を誇りに思えないでいて。 




恋愛に比重を置いていないから
彼は失格。

連絡がマメじゃないから
彼は失格。

会うための時間を作らないから
彼は失格。

そう思うならそのとおり、
彼は失格。

「あなたを幸せにできない男」。
そう決めつける誰かにとっても
彼はそういう男です。

その人が言うとおり、 
見切った方がいいのかもしれない。

そして
それなら
彼にとっても彼女は失格。

彼はこう思うのです。
「彼女とでは
 オレは幸せになれない」。

お互いにそう思うのだから
終わりにした方がいいかもしれない。

彼女にとって彼は失格。
彼にとっても彼女は失格。

ご縁がなかった、
ただそれだけのこと。





好きな人が
頑張ってるなら応援したい。

好きな人が
成果を上げれば嬉しい。

好きな人が
自分の人生を
生きようとしている、

そのことを
心からよろこべる自分でありたい。

やりたいことを
途中で終わらせて駆けつけて
デートしてくれることよりも

彼が一生懸命に生きている、
そのいきいきと輝く姿に感動したい。

彼といて幸せなのは
 
彼が何かをしてくれるからではなく
望みを叶えてくれるからでもなく

彼が幸せでいることを
まるで自分のことのように
幸せに感じられる、

自分にとって
そういう人を愛したい。





そして同じように

自分が
いちばん自分らしいやり方で
いきいきと生きる姿を
よろこんでくれる人と出会いたい。

わたしのよろこびを
一緒によろこんでくれる、

わたしの頑張りを
いつも見守ってくれる、

わたしの幸せな姿に
幸せを感じてくれる、

そういう人に愛されたい。




生きることの中に
恋愛はもちろん含まれるけれど

恋愛が人生のすべてじゃない。
それだけが幸せの基準じゃない。

恋愛だけで
人を評価はできないし
幸せも計れない。

恋愛だけじゃなく
大切なその人の
生きることそのもの、
人生まるごとを

応援し
見守り
よろこび
感謝できたら

真摯に生きる姿を
誇りに思えたら
 
お互いにそうなれたら 

それこそが
「愛し愛される幸せ」だと
言えるのではないかと

そういう風に思います。


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恋愛感情の中でも

いつも一緒にいたいとか
連絡で繋がっていたいとか
甘えたいとか
要求を聞いてほしいとか

相手に依存するような性質の
恋愛感情というのは

誰の心にもあるものです。

社会的には
立派に自立してるように見える人でも

精神的に
安定しているように見える人でも

恋愛に対して
依存心なんて全くないような
そんな彼にでも

量の多少はあるにせよ

誰にだって
心の奥底に
誰かに甘えたい気持はあるものです。





そうした依存心は

心にある量がそのまま
いつも一定の形で
表れてくるのではなくて

相手によって
状況によって
二人の関係のバランスによって

そのときどきで変わってきます。




たとえば

忙しい彼に対して
とても依存的で

いつも一緒にいたい
連絡もしょっちゅうしたい
会えないと不安
会ってても不安
もっと安心させてさせてって

そういう彼女がいたとします。

その彼女が
その彼と別れたあとで

別の男性から
アプローチされたときに
相手が
あまりに好き好き言うものだから

言われれば言われるほど
恋愛感情を持つどころか
彼女としては冷めていくばかり…
ということがあります。

彼女の中に
相手に依存する気持ちが
ないわけではなく
むしろ
人より濃厚で持て余すくらいの
依存心があるのだけれど

アプローチしてきた男性の方が
もっともっと依存的で
しょっちゅう連絡してきて

今日は何してたの
今度いつ会えるの
早く会いたい

とかなんとか
かぶせて言ってくるものだから

彼女の依存心としては
出る幕がない。

そういうことが起こります。




たとえば

付き合った当初は
彼の方が押せ押せで

毎日連絡してくるし
会ってもすぐに
次はいつ会おうかって

彼女にしたら
ちょっと会いすぎて
疲れちゃうな…
なんて思っちゃうくらい

平日も会って
週末も会って
会えば全然寝かせてくれなくて

だったのに

彼の熱が少し冷めてくると
たちまち
彼女の依存心が目を覚まし

返事もないのに
何度も自分から連絡したり

いつ会えるの?
会えなくて寂しい…
って涙目になったりして

彼の依存心が減るのと
反比例して
彼女の依存心が高まっていく、
ということもよくあります。

そんな場合は
彼女の依存心が高まるほどに
彼の恋愛感情は冷えていく、

もうそうなったら
今度は

彼の依存心は
出る幕がない。

そういうことも起こります。




依存心という熱量は
たぶん

二人のあいだで
だいたい一定なものなのです。

片方が冷めれば
もう片方が燃え上がり

片方が燃え上がれば
もう片方が冷める。

一緒にいたい
甘えたい
というような
追いかける形で表れる
依存的な恋愛感情は

彼と彼女とで
それぞれが別々に
持っているものではなく

あくまでも
「二人のあいだで」
バランスを取るように

高まったり冷めたり
表れたり隠れたり
するようです。

「私はこんなに好きなのに
 彼は冷めるばかり…」
と思いがちだけれど

そうではなくて

彼女がそんなにも好きだから
彼が冷めていく
ということです。

反対に
ずっと悩みながらも
彼を思い続けてきた彼女が

もういいやって
すっかり吹っ切れてしまって
彼女の側の熱量が冷えてくると

彼の依存心が引き出されて
連絡してきたり
近況を聞いてきたり
会いたがってきたり
ということもあります。




そうやって
二人のあいだの
依存心の熱量は

放っておいても勝手に
バランスを取って

いつもだいたい一定に
保たれるものです。

好むと好まざるとに関わらず。

ただ
二人のあいだでは一定でも

彼はマイペースに冷えて
自分だけが
自家発電しなきゃならない
という状態が続けば

やっぱり不安になります。

もともと
エネルギッシュで
相手の気持ちに関わらず
熱量が高い、というような人は

彼より自分の方が
恋愛感情が多くても
それが普通だから
別に気にならないよ?
というケースもありますが

普段はそうでもないのに
彼の恋愛熱量が冷めたことによって
自分の方が熱くなってしまった、
という場合は

普段より強い依存心に
自分自身が苦しめられて
辛い思いを味わうことになります。




そういうときには
高まりすぎた熱量を
下げることがいちばんです。

できれば
彼と同じくらいまで
熱量を下げるのが良いのです。

恋愛について考える時間を
彼と同じくらいまで減らす。

彼の気持ちを考えることを
やめてみる。

連絡するのをやめてみる。
連絡を待つことをやめてみる。

他のことに
夢中になれる時間を増やす。

二人のあいだの熱量は
だいたい一定になるように
勝手に自然に
バランスが取られてるものだから

こちらの熱量が
すーっと引けば

彼の側の熱量が
少しずつ高まっていく
ということもあるし

自分としても
依存心が減ることで
苦しみからも解放されるので
ちょうどいいのです。

ただし
彼の側の熱量が
あまりにも低い場合は

それより低い熱量で保つなんて
女にはなかなか難しいことで

彼の熱が高まるより前に
彼女の気持ちがゼロになってしまう、
という可能性もあるので

自分ばかりが好きでいることも
ある程度は仕方がないと
あきらめることも必要です。

彼への気持ちを
ゼロにしたくないのなら。





ともかく

恋愛においての
依存心というものは

「この人には多い」
「あの人は少ない」
というような
絶対値で計れるものではなく

関係を持った人とのあいだの
バランスによって

押したり引いたり
浮いたり沈んだり
ときには
どちらか一方に傾きすぎたり

それは一見、
不安定な関係に
思えるかもしれないけれど

決してそんなことはなく

安定したバランスというのは
その
押したり引いたり
せめぎ合う二つの力によって

少しずつ
釣り合うポイントを探しながら 
成り立っていくものじゃないかと

そういう風に思います。



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強いストレスを抱えて
苦しいとき

「こんなに苦しいのは
 自分だけだ」
と思えることがあります。

恋愛で悩んだときは特に
彼とのつながりが
断たれてしまったと感じれば

この世にひとりぼっち
みたいな気持ちになります。

家族の問題で悩んだときも
なかなか他人には相談できないし
だけど家族にももちろん言えなくて

ひとりきりなんだ
という気持ちになりがちです。



その苦しみが
強ければ強いほど

身近な人に支えてほしい
癒やされたい
と思うものなのに

恋人や家族という
身近な関係で悩んでしまうと

悩みを聞いてくれる人が
いないために

強い孤独感を味わいます。

悩めば悩むほど
誰にも打ち明けられなくて
ひとりで全部抱え込んで

打ち明けないでいるから
誰からも助けてもらえなくて

そんなときは

いつもよりも
世界が広く遠く感じます。

他人がみんな
自分より幸せに見えます。

情けなく
寂しく
心細い気持ちになります。

自分のことは
よくわかっていても、

他人のことは
表面的なことしか
わからないので、

わたしたちはつい、
他人の表向きの姿と自分自身を
比較してしまいます。

『スタンフォードのストレスを力に変える教科書』

エレベーターで乗り合わせたり
スーパーのレジに並んで
あいさつしたりするときには、

誰でもおだやかで
落ち着いたようすに見えるでしょう。

内面の苦しみは、
必ずしも
外面に表れるわけではないからです。



悩みを
誰にも言えず
ひとりで抱えて
孤独感に襲われているときには

親しい友達と会っても気が晴れず

それどころか
順調な恋愛の話を聞いて

やっぱり不幸なのは自分だけなんだと
妬ましくなったり
そんな自分が嫌になったり

ますます孤独感が強くなってしまう
ということも
あるかもしれません。

連絡がマメな彼と付き合ってる友達
毎週デートしてる友達
愛情あふれる家庭で育った友達
プロポーズされた友達
トントン拍子で結婚した友達
もう赤ちゃんが生まれた友達
彼から深く愛されてる友達

みんな
自分より幸せに見える。

自分は
誰よりも不幸に思える。

そういうことも
あるかもしれません。




だけど

どんな人にも
どんなに幸せに見える友達にも

悩みが続いて苦しい時期や
不幸だと感じる瞬間や
誰にも愛されてないんだと
たったひとりで泣けてくる夜が
あります。

今はなくても
この先の人生で必ずある。

苦しくて
ひとりぼっちだと思うときは
そんなの
信じられないって
思うかもしれないけれど

でも
本当のことです。

誰だって悩むし
誰にだって苦しい時期がある。

自分だけが
不幸なんじゃないかって
孤独で凍りそうな夜がある。

どんな人にだって。

「誰にとっても
 人生は甘くはありません」

牧師が信徒たちに向かって言いました。

「教会であなたの前の席に
 座っている人が、
 これまでどんな人生を送ってきたかを
 想像しようとしても
 
 あなたはその人のことなど、
 なにひとつわかりません。

 なぜなら、人はみな、
 まったく思いもよらないような
 重荷を背負っているからです。

 誰にでも
 他人には言えない悩みや苦しみがあり、
 
 心の悪魔と葛藤しています。

 誰もが毎日、
 これ以上ひとつでも重荷が増えたら
 倒れてしまいそうな、
 ぎりぎりのところで
 がんばっているのです」

もしも今
大きな悩みがあって
どうしても抜け出せなくて
すごくすごく苦しくて

その苦しみを
誰にも打ち明けられないでいて

この広い世界に
たったひとりなんだと
寂しくて寂しくて仕方ないなら

こう想像してみることです。

今、目の前にいる人
たまたま隣に座った人
さっきすれ違った人
ネットの向こう側にいるその人だって

同じように苦しいかもしれない
同じように苦しんだかもしれない
それ以上に苦しかったかもしれない
と、想像してみること。

みんな
同じように苦しみながら
乗り越えようと頑張ってる。

みんな
同じように不幸で
そして
同じように幸せです。

ある瞬間、
あるできごとだけを切り取って
比較したって無意味なこと。

一生を終えてみれば
さして変わりはないはずです。




苦しいとき

その苦しみが
自分だけのものだと
寂しくなったときこそ

誰かがわかってくれる
誰かが聞いてくれる
そう信じて
打ち明けてみること。

そして

他の人も
自分と同じように苦しんでいて
それを誰にも言えず
孤独感に襲われているかもしれないと
想像してみること。

もしかしたら
彼だって。

その気持ちが
孤独な殻を破る勇気になる。
苦しみを乗り越える力になる。

その力を手にするために
大切なことは

自分を思うのと同じように
誰かの苦しみを思えるかどうか、

自分の苦しみだけに浸らずに
思いやりを取り戻すことではないかと

そういう風に思います。

わたしと同じで、
この人も
大変な思いをして生きてきた。

わたしと同じで、
この人も
痛みを知っている。

わたしと同じで、
この人も
世の中の役に立ちたいと
思っている。
でも、失敗したときの
つらさも知っている。

そうでしょう?
なんて訊くまでもありません。

人間なら誰でもそうだからです。

わたしたちに必要なのは、
そのことを忘れずに、

目には見えないものを
見ることです。


スタンフォードのストレスを力に変える教科書
ケリー・マクゴニガル
大和書房


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仕事や対人関係や家族のことで
ストレスを抱えた彼が

自分から連絡しなくなったり
会おうとしなかったり
音信不通になったり…というとき

「待っていたい」
と思う彼女は
少なくないと思います。



「待ちたい」と思うなら

彼の状況を
そのまま受け入れて
待てばいいわけです。

連絡しない
返信すらしない
電話にも出ない
折り返しもない

何をしても無視

そういう彼を
そうなんだなと
そのまま受け入れて
待てばいいわけです。

「待ちたい」のだから。




待ちたいけど
返信すらしない
既読にすらしない彼を
そのまま受け入れることも難しい…
と思うのなら

もしかしたら
自分の望みは
もっと別のことかもしれません。

本当の望みは
「待ちたい」ではなく

「連絡がほしい」
「状況を説明してほしい」
「安心させてほしい」
「何でもいいからアクションがほしい」
「まだ自分を好きでいてほしい」
ということかもしれない。




自分の望みが
「待ちたい」とは別のことなのに

それを勘違いして
待ちたいのだと思い込んで
待ち続けるのは

とても苦しいものです。

待ちたいのではなく
待っていれば
そのうち連絡が来るかも
と思うから待ちたい。

待ちたいのではなく
待っていれば
以前の二人に戻れるかも
と思うから待ちたい。

何かを期待しながら
「待ちたい」と思うとき

本当の望みは
待ちたいのではなく

その
「期待する何かが実現すること」
なのです。




「彼を待ちたい」という
その望みは

「待つ」ということをしていたい
のではなく

何かを期待して
それが叶うことを待っていたい
ということなら

待っても待っても
連絡が来なければ
苦しくて仕方ないし

待ったあげくに
やっぱり音信不通のままだ
という結論に達すれば
過ぎた時間を激しく後悔します。

自分がみじめでバカに
思えてくるかもしれないし
なんてひどい男だと
彼を怨みたくなるかもしれません。

だけど
そもそもの望みを
取り違えていたのです。

彼を待ちたかったのではなく
連絡がほしかった。
その連絡が来るか来ないか、
結論を出すための猶予を
引き延ばすために
待っているように見せただけだったり。

彼を信じて待ちたかったのではなく
変わらず好きでいてほしかった。
以前のように
猛烈アプローチしてくれた彼に
また戻ってほしくて
その可能性を捨てられなくて
決断できない時間だっただけだったり。




自分の望みなのに
自分の心のことなのに
何より大事なことなのに

それを取り違えてしまうのは

「彼はどうしたいんだろう」
「どんなメールなら返信をくれるんだろう」
「どうしたら私を思い出してくれるだろう」
「彼はまだ好きでいてくれるだろうか」と

彼を軸に
考えてしまっているからです。

「自分がどうしたいか」ではなく

彼がまだ好きでいてくれるならとか
彼が別れるつもりがないならとか

彼次第で
自分の望みが
コロッと変わってしまうような

他人である彼に
自分の人生をまるごと
委ねてしまうような

彼次第で
すべてが
どうにかなってしまうような

それは
彼という軸を中心に
生きているのと同じことです。

彼というコマの
ギリギリのふちのところに立って

そのコマが回れば回るほど
遠心力で吹き飛ばされそうになるような

そういう生き方を
自に許している
ということです。




迷ったとき
苦しいときは

「彼の気持ちは」なんて考えずに
まずは自分の望みからはじめること。

そこからはじめなければ
間違えます。

彼を
待ちたい
信じたい
受け入れたい
応援したい

そう思う気持ちの裏に

待っていれば戻ってくる
信じていれば戻ってくる
受け入れれば愛される
応援してれば感謝される

という期待がないかどうか
よーく見つめてみることです。

自分の本当の望みを
無視したままで

「彼を待ちたい」
「彼を信じたい」
というもっともらしい仮の望みで
覆い隠してしまわないこと。

自分の望みは
彼よりも
彼の状況よりも
何よりも大切に
尊重しなければならないものです。

それを
なかったことにしないこと。
別の望みにすり替えないこと。




そうして
自分の心からの
本当の望みを知ったら

自分という軸で
少し立つことができてきます。

どうしてもこの彼がよくて待ちたいなら
自分の望みを尊重して
待つ。

彼がどうだろうが関係ない。
待ちたいなら待つ。
見守りたいなら見守る。

自分の軸で
スタンスを決めること。

自分が望んだことに
自信と責任と誇りを持つこと。

そこから少しずつ
新しい関係がはじまります。




連絡がほしい
近くで触れ合いたい
お互い何でも話し合いたい
そうして支え合いたい。

そう思うのなら
恋人とは
そういう関係を望むのなら

彼を手放すことも考えてみる。
彼の気持ちは関係ない。

自分が望む親密さ、
自分が望む信頼関係が
この彼とは実現できそうもないと
思えるようなら

彼じゃなく
別の人との新しい関係を
考えてみてもいい。




待つという選択をして
彼が戻らなくても
だからといって
時間の無駄でも愚かでもない。

待たないという選択をして
彼が戻るつもりだったとしても
だからといって
不誠実でも身勝手でもない。

彼のじゃない。
自分の人生なのだから 

待つと決めても
待たないことを選んでも

彼が戻っても戻らなくても

それが
自分の望んだことならば

本当の望みから
はじめたことならば

その先できっと
幸せを見つけられる。

自分のために選んだ
その瞬間から

もう幸せがそばにある。
そう感じられるようになる。
 

そういう風に思います。


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テニスとかバドミントンとか
個人でたたかうスポーツにも
ダブルスという競技があります。

同じ競技でも
一人で個人戦をたたかうのとは違い、

ひとつのボールを二人で追いかけて
点数を取っていく、というときには

自然と
相手の足りない部分を
補い合うようなプレーを
するようになります。

たとえば
パートナーに持久力がない場合なら
終盤までバテないように
前半はなるべく自分が
ボールを追いかけるとか。

たとえば
パートナーのメンタルが弱いなら
自分が励ます側にまわって
大丈夫、まだやれると
声がけを欠かさないとか。

もしかしたら
自分だって
スタミナに自信がなかったり
負けるかも…と弱気になったり
ということだって
あるかもしれないけれど

このパートナーと
ペアを組んだからには

相手をフォローしよう
自分がそうしなければと
そういう意識が働くものです。

また、
ペアを組むなかで
どちらかだけが
頑張らなければならない
となると

負担が大きくなりすぎて
その人が潰れてしまいますが

スタミナはないけど
テクニックは光るものがあるとか

メンタルは弱めだけど
体力だけは誰にも負けないとか

そうして
うまく役割分担をする
ということになれば
強いペアになります。




夫婦間でも
同じようなことはあって

妻がずぼらだと
夫が仕切るようになるとか

どちらかが浪費家だと
どちらかが
「財布の紐を締めなければ」
と倹約を始めるとか

なんとはなしに

相手が至らない部分を
自分がカバーしよう
と思うようになる
ということはよくあります。





付き合っている二人でも
もちろん同じで

「自分が二人分を」
と思うものです。

無口な彼といて
シーン…としがちだとすれば
彼女がいつもより
おしゃべりになって
盛り上げ役になるとか

あまり
恋愛経験がない彼女なら
彼の方が
リードしてあげなくちゃとか

自然に
「相手の分まで自分が」
と思うものです。




音信不通になったとき

彼女は
彼の分まで

二人の付き合いについて
考えようとします。

彼が
放棄した分だけ
停止した分だけ

彼女は
「付き合い」を
引き受けようとします。




彼の気持ちが
まったく見えなくて

いろんな感情に
振り回されて苦しいとき

彼の分まで感情的になっている
ということが
あるかもしれません。

感情を表さない
気持ちを伝えようとしない
彼の分まで。




そして彼は

日々のすべてが
恋愛一色、
彼一色に染まりすぎて

自分で立つことを
忘れてしまった
依存的な彼女を見て

彼女の分まで
しっかりしなくてはと
感じたのかもしれません。

このまま恋に溺れて
共倒れになる前に
彼女の分まで自立しなくては、と。




連絡したくて仕方がないという
そのとき

彼が
連絡をやめてしまっているから
ということはよくあります。


感情が溢れて
どうしようもないという
そのとき

彼が
感情を閉じ込めすぎているから
ということがあるかもしれません。



すべてを暴き出さなければと
駆り立てられる
そのとき

彼に
何か言いたくないことがあるから
ということもあるかもしれません。


強い衝動は

彼の分までそうしなくてはという
無意識の力が
働いているせいかもしれません。

だって二人はペアだから。
 



ならば彼は今、
何を引き受けようとしているのか。

彼女に足りないこと、
あなたが見失った何かを

彼は
二人分、
引き受けようと
しているのかもしれない。

頼りすぎる気持ち
連絡で繋がりたい気持ち
不安
自信のなさ
恋愛以外がおざなりになって
自分の生活を尊重できないこと。

彼女の分まで
オレが引き受けなければと
無意識で
感じているのかもしれません。




自分が
感じすぎているものは
彼の分まで二人分。

彼が
引き受けすぎているものは
あなたの分まで二人分。

ペアでいて 
お互いの足りないところを
補い合えるのはいいことだけれど

そもそも
二人分なんて
無理なこと。

感じすぎだし
引き受けすぎ。

頑張りすぎているのです。



ちょうどいいバランスに
戻すためには

彼の分まで
感じすぎている感情を
半分手放すこと。

彼の分まで
付き合いについて
考えているなら
それも半分は手放していい。

そして
自分が彼に背負わせているものは
自分でちゃんと引き受けること。

彼に
何を引き受けさせているのか
よく思い返してみること。




相手の足りないところを
補いたいと思う気持ち、

それだって
ちゃんと愛情だけれど

それで
苦しくなって
付き合いが行き詰まったら
本末転倒。

スタミナのない
パートナーのために
頑張りすぎて
自分のスタミナが
先に切れたらダメなのです。

だから
まずは自分は一人分、
引き受けるべきことを
引き受けること。

彼女のバランスが整えば
 
彼が
引き受けなければと
背負うものも
自然と減っていくのではないか

彼のバランスも
少しずつ整っていくのではないかと

そういう風に思います。



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