恋するつぶやき

恋する不安が少しでも落ち着きますように。彼のキモチと彼女のココロについてつぶやくブログです。

April 2015

彼との関係がこじれると、ちょっと依存気味になってしまったり、重たくなってしまったりすることがあります。そうなるとますます彼の気持ちもさらに冷めてしまいます。彼は引く、彼女はすがる、彼はどんどん引いていく、彼女はどんどん重たくなって依存する…というドロドロな状態になってしまうことも。

そういう状況から抜け出すには、やっぱり「自立」がキーワードになります。彼の態度が変わってくれることじゃなく、自分自身が自分の足で立つこと。イメージとしてはなんとなくわかるけど、実際のところ、じゃあ自立ってなんだろう。そういうことを考えていました。

先日15年ぶりに『最後の家族(村上龍著)』という小説を読み返しました。依存しあう家族の話です。

リストラに怯えてローン返済ばかり気になる父親、ひきこもりで暴力をふるう長男、カウンセリングに通ううちに若い男と不倫しそうになる母親、援助交際に走る長女の4人家族。

ある日、隣家の主婦が夫から暴力をふるわれているのを窓から目撃したひきこもりの長男。その主婦をDV被害から救い出そうと動き始めます。

一方、息子の暴力に悩む母親はカウンセリングに通い始めました。短大を出てすぐ結婚し出産した母親は、家族に依存していた自分に気づきます

〈自分が何を実現したいのかを考えることから逃げるためじゃなかっただろうか〉

だから安易に結婚に逃げたのではなかったかと。夫のため子供のためと言い訳しながら、自分の人生と向き合うことから逃げてきた。夫や子供の人生を、自分のものとすり替えてきた。「私は私の人生を生きなければいけない」と母親は気づき、決意します。

仕事をはじめた母親は、子供たちから心理的に自立しはじめます。経済的な自立も少しずつ。母親に必要だったのはまず自分自身の生活や人生を立て直していくことでした。「子供をどうにかしなければ」と考えることではなく。



DV被害の主婦を救い出すことができなかった長男は、万策尽きて最後に頼った弁護士からこう言われます。

DVは救うとか救われる、といったことでは解決しないんです。他人の指示ではなく、自分は家を出るのだという自覚が必要なのです。

主婦を救いたいというのはDVの第一歩なんです。救いたいという思いは、案外簡単に暴力につながります。彼女は可愛そうな人だ。だからぼくは救わなければならない。ぼくがいなければ彼女は生きていけない。そういう風に思うのは、他人を支配したいという欲求があるからなんです。そういう欲求が、ぼくがいなければ生きていけないくせに、あの態度はなんだ、と言う風に変わるのは時間の問題なんですよ。

他人を救いたいという欲求と、支配したいと言う欲求は、実は同じです。そうしてそういう欲求を持つ人は、その人自身も深く傷ついている場合が多いんです。

自分の傷を、人を救うことによって癒すことはできない。自分の心を向き合うことから逃げるために、他者を利用してはいけない。「誰かの支えになりたい」と思うことは、その誰かをつっかえ棒にして自分が立つのと同じこと。

落胆する長男に弁護士が聞きます。「あなたも誰かに救われたことがあるはず」。そこで長男はようやく気づきます。自分の顔色ばかり伺っていた母親が自立の道を見つけて歩き始めたとき、自分も心が楽になり外に出ようと思えたこと。

親しい人の自立は、その近くにいる人を救うんです。



つまり自立とは

●他人と自分の境界線を引くこと。

●他人をコントロールしたいという欲求を持たないこと。



自分は自分、他人は他人だと認めること。心理的に一人で生きられる自分でいること。

そのためにはもちろん経済的な自立も必要です。恋人や家族や友達、誰かと繋がっていなければ寂しくて仕方がないなら自立できてないということ。誰かの庇護下にいなければ将来が不安だというならそれも自立してるとは言えません。援助を受けて生活しているならそれも。

他人に手を差し伸べることで自分の価値を感じたい人は、見返りを期待しています。あなたのためだからと言いながら、自分の考えを押しつけようとします。他人を支配したい人は、相手が思い通りに反応しなければ腹を立て、自分と違う意見を受け入れることができず怒りの感情を持ちます。

恋愛でも同じこと。自立できてない女性が彼に思いやりを向けても、重くなります。彼の喜びも悩みもすべて共有したいと思うのは、境界線がきちんと引けていない証拠です。尽くしたぶんだけ愛情が返ってこないと不満に思うのは、コントロールしたい欲求の裏返しです。



小説の最後、家族はばらばらになります。リストラされた父親は一人生まれ故郷に戻り、母親は仕事を持ちつつ新しい恋人との関係を始め、長男は目標を見つけて学校に通い、長女も自分の道を探して動き始めます。

離れたからといって支え合えないわけじゃない。自分の自立はきっと誰かの力になる。崩壊してしまったかのように見える家族は、それぞれの再生に向かって歩き出したのだと思います。

ちなみに一番の問題は、実は父親です。すべてを会社と仕事に依存して生きてきたからリストラされて呆然とする。自覚がないから自立できない。家族が旅立った後、彼らの自立に促されるようにようやく自分も本当の人生を歩き出そうとします。遅ればせの自立。こういう父親は今でも多いだろうなと思います。もちろん社会構造にも問題はあります。




最初にこの小説を読んだとき、私は25歳。もちろん自立なんて全然できてませんでした。だから「自立することは身近な誰かを救う」という言葉にギクリとしました。共依存になる素質は私にもじゅうぶんあったと思います。「人のため」とか「役に立つ」とか大好きだったし、自分の価値を他人に依存しがちでした。

いろいろあってそのうち「自分の望みに正直に生きよう」と意識が変わり、経済的な自立の意志も持ちました。役に立つとか評価されたいとか世間の目とか、家族のためとか人のためとか彼のためとか、そういうものに逃げないようにしようと思ったし、他人のものさしは捨てようと思いました。

自分と他人の境界線をきちんと引けるようになると、霧が晴れて目の前の世界が明るくクリアになります。「人は人」だと思えます。その上で優しくしようと思えるし、見返りはそれほど期待しなくなります。恋愛や人間関係の不安も減るし、感情的な言動もたぶん減ります。人生を楽しめるようになります。もちろん今だって軸がぐらつくことはあるにしても。

「自立した人間同士が支え合うことと、依存しあって生きていくこととは全く別のことだ」と村上龍は言います。「自立」はそれぞれが身勝手に生きるということではなく、人を救えるだけのじゅうぶんな力を持って生きるということ。

誰かを救いたいのならまず自分のために生きろ。それがこの小説の主題です。

〈一人で生きていけるようになること。それが、親しい人を結果的に救うことになる〉



※恋愛依存についてのまとめはこちらから



にほんブログ村 恋愛ブログ 恋愛アドバイスへ

前回の記事
忙しい彼からの愛の言葉
で書いたように

気づかいの言葉が
愛の言葉だと気がつくと

そういえば
あれもそうだった
これもそうだと
思い当たることがいくつも出てきます。

そのひとつ、
これから書くことは
とても悲しい話なのですが

日本の男にとって
気づかいの言葉が
どれだけ深い愛を込めたものかということ、
もう少しつづけます。




アメリカNYで
同時多発テロがあったとき
機内から家族に
電話した方々がありました。

繋がった方もいれば
繋がらないまま
留守電にメッセージが
録音されていたという方も。

「愛している。また天国で会おう」
「愛している」
「どんなに家族を愛しているか知ってほしい」 




約30年前の日航機墜落事故でも
多くの乗客が
家族宛てのメモを残していました。

会社の封筒や胸ポケットの手帳、
急降下する機内で
走り書きのように書き付けたもの。

「みんな元気でくらして下さい」
「どうか仲良く がんばって」
「しっかり生きてくれ」
「しっかり生きろ 立派になれ」
「しっかりたのんだぞ」
「子供達の事をよろしくたのむ」


 

不慮の事故に遭遇し
自らの最期を覚悟した人たちが
最愛の家族に伝えたかったこと。

その思いの深さに
どちらも変わりなく、
また比べるものでもありません。

ただ表現の仕方が違うだけ。
思いの方向が違うだけのこと。




日本の男たちはついに
「愛してる」
とは言いませんでした。

硫黄島の栗林中将も、
30年前の墜落事故の犠牲者の方たちも。

守るべき存在を
守れなくなったと悟ったとき、

彼らは
「愛してることを知っていてほしい」
とは思わなかったのです。

残されたわずかな時間、
無念をこらえてただただ
家族の無事を祈るだけ。

妻に両親と子供達のことを頼み、
そして高校生の長男には
「母を助けるように」と託す、
それが日本の男たちの愛。

父は祖父を見て育ち、
その父を見て少年たちは育ちました。
それが今の彼たち。

グローバルだなんだと
時代は変わったように
言われているけれど、

男たちの愛の言葉が
たった数十年で変わるわけがない。

文化とはそういうもの。
精神性とはそういうもの。

日本の男たちの愛を伝えるのは、
気づかいの言葉に違いありません。
今も変わらず。


 

戦争は終わったけれど、
男たちが
愛する人のそばにいられない
という状況は
現代の日本でも多くあります。

その生き方の是非はともかくとして

勤勉で粘り強く、
忠誠心と責任感で
激務に耐える男たちがいる。

それを非難しても仕方ない。

それだって、
父や祖父から彼らが受け継ぎ
この国を支えてきた精神性です。
 



だとしたら、
女の私たちが
受け継いだ愛し方はなんだろう。

LINEだ記念日だサプライズだって、
無責任な誰かに煽られて
大切なことを見逃してるのかもしれない。

愛されてないと泣くだけ泣いたら
待つことも放棄して
「I love you」と
毎日囁いてくれる男を探す女たち。

祖母たちから
母たちから
受け継いだはずのものを
どこかに置き忘れてきた私たち。

自分の不安を持てあまし、
戦いを放り出して会いに来い
さもなくば
と身勝手に返事を迫る。

武骨な彼らの
愛の言葉にも気づかずに。




たとえば
仕事が忙しくて
会えない日々が続いたとき、

彼から届いたメールに
気づかいの言葉があったら。

そばにいられなくてすまない、
だけどどうか元気でいてと、
それが彼らの愛の言葉です。

過酷な状況にあるときほど、
愛する人の無事を祈る。

最期の瞬間までも。

自分の気持ちを
知ってほしい伝えようとは思わない。



与えることができないとき、
自分が不在のとき、

それでも
愛する人の人生を
守らなければと黙って引き受ける愛。

そっけない気づかいの言葉は、
日本の男たちの愛が
深く深く込められているものなんだと、

そういう風に思います。


にほんブログ村 恋愛ブログ 恋愛アドバイスへ

忙しい彼から
やっと届いたメールが
他人行儀で悲しくなる…
ということがあります。

「寒くなってきたから風邪引かないようにね」
「雨降ってるから気をつけて」
なんて、業務連絡じゃあるまいし。

本当は好きだよ会いたいねと
言ってほしいのに。


 

でもこれは全部、彼からの愛の言葉です。

彼のメールのさいごにある
「体に気をつけて」は「愛してる」のこと。

気づかいの言葉は愛の言葉です。

…………………………………
 
『散るぞ悲しき』という、
映画にもなった
ノンフィクション書籍があります。
(ケン・ワタナベ主演の
 「硫黄島からの手紙」の原作です)

太平洋戦争の後半、
グアムやサイパンが次々に陥落していく中
最後に残る硫黄島を
なんとしても死守しなければ、
もはや本土での地上戦も
避けられないという状況で
硫黄島へ出征した部隊がありました。

本土での地上戦と
東京への空襲を防ぎたいという
ただその一心で、

米軍上陸まで数ヵ月のあいだ、
川も湖もない島で雨水を溜めて飲み
芋の蔓を食べ
ガスが吹き出す灼熱の地下にもぐり
ひたすら地下壕を掘るという
過酷な任務に耐えたあげく、

米軍の精鋭部隊をして
「地獄の中の地獄」
と呼ばれた凄惨な戦場で、

バンザイ突撃も腹切りも降伏もせずに、
最後の最後まで戦い抜いた部隊です。


 

その総指揮官だった
栗林中将(ケン・ワタナベ)が
硫黄島から東京の妻に
たくさんの手紙を書き送っていました。

その手紙はどれも
「こちらはなんとか無事です」
という近況報告ではじまり、

あかぎれは大丈夫か
毛布は出したか
湯たんぽを使うようにと
家族の日常生活をこまごまと心配し、

最後は必ず 
「どうぞからだを丈夫に」
「元気にしていてください」
「無理するとやはりからだにさわるよ」
という言葉で締めくくられていました。





米軍上陸が近づいた一月、
最後に届いた手紙には

〈おそらくこの戦いが
 最期になるだろうということ、
 これまで送った手紙こそが
 遺書であるということ、
 遺骨は戻るまいということと
 墓の手配について〉

が簡潔に書いてあり、


そして最後の言葉は

「それではどうかくれぐれも大切にして、
 できるだけ長生きをして下さい」。
(奥様は悲しみのあまり
 この手紙を黒く塗りつぶしてしまった)




その部分を読んだとき、
はっとしました。

これこそが、
この気づかいの言葉こそが、
日本の男の愛の言葉なのではないか?





生きては帰れないとわかっている
硫黄島から、
愛する妻に伝え続けたこと。

遺書のつもりの手紙に
必ず書いたのは
気づかいの言葉。

灼熱の地下壕の中で
家族の写真をすりきれるほど眺め
来る激戦と死の恐怖に涙しながら

会いたい愛してるとは決して言わず、
遠くから無事を祈る、どうか元気でと。

こんな愛情表現があるんだ…と思いました。

時代劇でいうところの
「達者で暮らせよ」というやつです。




そう考えてみると
仕事関係の男性からのメールに
「体にお気を付けて」とは書いてないし

たとえば
男友達と飲んだあとにくるメールも
「昨日楽しかったありがとう。また飲もう」
とはあっても
体調を気づかう言葉はまずありません。

彼以外でそう言うのは父と兄。
会うと別れ際に必ず、
気をつけてなとか
体こわすなよとか
言ってくれます。

だからもしも
やっと返ってきた彼からのメールに

「体に気をつけて」

とあったらそれはきっと愛の言葉。

おはようやこんにちはのような
挨拶なのかなとスルーせずに

相変わらずそっけないなぁ
事務的だな
なんて思わずに

「こっちは大丈夫だから、あなたこそ」
とはね返さずに、


ありがとう。
おかげさまで元気です。
飲み過ぎに気をつけるね。(←これ私の場合)


ときちんと受け取るのが、
やまとなでしこからの愛返し。



もちろん自分の彼が
栗林中将や硫黄島の兵士たちのように
命をかけて自分の仕事をやり遂げる責任感を持ち
遠くにいても
愛する人を思い続ける誠実な男かどうか
見極めることは
とっても大事なことです。

 

いつのまにか日本の男も
「好きだよ」「愛してるよ」
と簡単に口にする時代になったけれど

戦争が終わってまだ100年も経っていない。

男たちが
命を賭けて愛する人を守ろうと
硫黄島で戦ったのは
ほんの少し前の話。

遺書のつもりで書き綴った手紙に
愛がないはずがない。

愛する人の無事だけを願う愛は
「愛してる」と言葉にするより
ずっと強く重く大きいもの。

彼らの愛情の伝え方は
不器用で連絡無精で一本気な
日本の男たちが
今も受け継いでる。




それからひとつ注意があります。
『散るぞ悲しき』は
出来心で読んではいけません。

待つ女には辛く悲しすぎるし
読んだあと2週間くらいは
気持ちが沈んで浮上できません。

私は映画を観ていませんが
絶対に観ないつもり。

興味がわいたとしても
くれぐれも心が強いときにと思います。





にほんブログ村 恋愛ブログ 恋愛アドバイスへ
 

ネット婚活をしてるとき、プロフィールに写真を載せてるのに
『写メ送って』
と何度も催促されることがあります。
はぁ?って思うこともあるかもしれません。

男は何枚も写真が欲しいんです。
もらえるなら何枚でも。



同じものを見ていても、男と女では目に映る像が全然ちがいます。脳の機能の違いです。

女の目は、すぐ目の前のにあるものを細かくチェックできる目。女子会をしていても誰かのアイラインがちょっとずれてるとか、あの子はマツゲ増やしすぎとか、そういうことをじーっくり観察する目。もちろん婚活相手の一枚の写真をまじまじと見て、その人の目鼻立ちからホクロや鼻毛まで、見たくないものも見えてしまいます。女の目はいわば二次元の目です。

男の目は、奥行きを測るための目。距離感をつかむことが得意な目です。三次元、立体、空間に強い目。だからお絵かきよりブロック遊び。ジャングルジムや鬼ごっこ、サッカーやドッジボール、男の子が得意なものはすべて、距離感と奥行きを把握しなければ上手にできない遊びです。紙の上の図面から立体交差した高速道路や高層ビルをイメージできるのが男の目。そのかわり、目の前の机の上にあるものを探すのは下手な目。建築家に多いのは男、彫刻家に多いのも男。



そんな男の目でたった二枚の写真をどれだけ見つめたって、その女の子がどんな感じの子か、今ひとつピンと来ないんです。二次元はニガテ。いろんな写真を何枚も見て、それを脳内でひとつの像に結び、三次元に置き換えてイメージするのが男というもの。脳内3D変換です。

だから男はフィギュアが好き。二次元のアニメーションよりも立体化した人形を愛でるんです。



ちなみに言うと、アイメイクとかにこだわっても男から見た第一印象はそう変わりません。デコルテから首や顎にかけてのラインの「奥行き感」で好みかどうか判断します。だからタートルとかハイネックがダメなのはそういうこと。ゆったりとデコルテを出した服装の方が、第一印象はグッと良くなります。マスカラのつけ具合とか関係ないです。どうせ男には見えません。頬骨が出てたりエラが張ってたりする方が美人に見える。女から見たら「?」と思うポイントで、男は女を美人かどうか判断してます。だからどうしてもメイクにこだわりたいなら顔全体の立体感で勝負した方が効果的。



そして二次元よりもっとニガテなのが言葉。これはよく言われてることですが、メールのやりとりで相手のことを知ったり自分をアピールしたりは、上手にできません。言葉によるコミュニケーションで仲良くなろうなんて思ってない。言葉より視覚。

だから男はグラビアアイドルが好き。女の子は好きな芸能人のインタビュー記事を最初から最後まで読むけど、男の子はグラビアでじゅうぶん。しかもグラビアに正面写真はありません。砂浜にねそべって胸を寄せてたりするのも奥行き重視な男がよろこぶ構図。くびれたウエストを強調しつつ背中越しに振り向いてるのも同じ。立体感があるのがとにかく好きなんです、男は。


まっとうな若い男がろくにメールも送ってこずに「写メくれ写メくれ」って言っても普通のこと。普通の男性脳ってことです。もうなんなら写メのみでもコミュニケーション成り立ったりして。



もちろん中には言葉重視の男もいるし、二次元に強い男もいます。男性脳は歳をとるごとにまろやかになるので、中年になるほど言葉によるコミュニケーションを大切にする傾向が高まります。後天的に二次元の絵や写真を見る能力を身につけた人だっていることはいます。長いメールのやりとりで相手の人となりをわかりあいたいという男だっているでしょう。でもそれは特殊な人か、加齢でまろやか男性脳になった人。健康で若い男は写真がほしいんです、何枚でも。



そんなわけなので、ネット婚活で相手から「写メ送って」としつこく言われても、そうイライラしないように。だからって誰にでも送ってあげる必要はないけど、これぞという人にはたくさん送ってあげましょ。脳内で3D変換するから。

 にほんブログ村 恋愛ブログ 恋愛アドバイスへ

居心地の良い彼女でいようとする努力を
否定するつもりは決してないのですが

しかしそこには
ものすごく大きな落とし穴が
パックリと口を開けて待っているように
どうしても私には思えます。




このままの私で大丈夫!
という自己肯定感が少ない人は

彼から愛情を奪い取ることで
心に開いた穴を埋めようとしてしまい、
度が過ぎて彼をウンザリさせてしまう。
そのまま恋が終わってしまったりもする。

それが
破滅につながる自爆行動だった
と気がついたら
今度は彼に求めず
自分でその穴を埋めようとします。

「居心地の良い彼女になろう」という努力で。



 

だけどそれは
一歩間違えば
おそろしい努力でもあります。

穴を埋めているつもりが
せっせと掘ってしまっていることもある。
本人も気がつかないうちに。

そしてある日、
その大きな落とし穴に
自分で落ちてしまう。

その穴は
彼も知らない秘密の穴だったから
誰も助けにはきてくれない。

前に恋がダメになったときよりも
もっともっと
大きくて深い穴かもしれません。


 

たとえば
居心地の良い彼女になって
彼から深く愛されたとして

だけどそれは
「居心地が良くなければ愛されない」
という不安を永久に抱えることになります。

美しくなければ愛されないと思い込んで
食べては吐くことをくり返す女性とそう変わらない、
強迫観念にも似た気持ちが
つきまとってしまう。

この気持ちは男にはわかりません。
「努力して愛されるならどんどんしたらいいじゃないか」
と彼らはそう思うはず。

だってそれは
男が求める愛情の形だから。
行動の成果を評価される愛だから。





男は「愛される人間になりたい」と思う。

女は「愛される人間でありたい」と思う。


男はヒーローになりたいし
女はプリンセスでいたい。


自らの努力の成果をこそ
認められ愛されたいと思う男に

努力をやめたら愛されないのだと怯えて
自分の墓穴を掘る女の気持ちは

たぶん永久に理解されません。

逆に言うと、
男は
「オレという存在を愛してほしい」なんて
これっぽっちも思ってない。

これからのオレを見ててくれ、
その上で判断してほしいと、
そんな気持ちは
女にはどうしたってわからない。





「愛されたいから」
いう動機からはじまった努力は
いつか必ず破綻します。

それは女の本能についている
時限装置のようなもの。

失恋して泣いているとき
「居心地が悪かったから嫌われたのだ」
という明快な答えに
最初は飛びついたとしても

それで
居心地の良い彼女になる努力をして
彼に愛されたような気になったとしても

くすぶり続ける不安の火種は
いつか必ず炎となって燃え上がります。

「居心地が良くなければ愛されない
 =本当の私を愛してくれていない」
と、何年も後になって。
結婚した後にでも。


 

居心地の良い彼女になることで
「彼を愛する気持ち」
に自信が持てるのなら、
それはじゅうぶんにやりがいのあること。

だけど変わる努力は自分のため。
居心地の良さは二人の幸せのため。

居心地の良い彼女でいることは、
努力ではなく、
愛情表現であるべきなのだと思います。

だけどいい子にならなくたって、
イイ女じゃなくたって、
愛していいし愛されていい。

居心地の良い彼女になんて、
なりたくないならならなくていい。



努力して愛されたいわけじゃない。
偽った自分のままで愛されたって
今度は愛する気持ちが減っていくだけ。
それが一番大切なものなのに。


愛情を
もっともっとと奪い取りに行けば
それは破壊行動になる。

本当に言いたい言葉を
「いい子」の隠れ蓑で
隠そうとするからうまく伝わらない。

だけど
ただ正直に素直に率直に

「こうしてくれたら嬉しいよ」
と自分の望みを伝えることは

自爆どころか、
彼がヒーローになるための
魔法の言葉になるんじゃないかと、

そういう風に思うんです。


にほんブログ村 恋愛ブログ 恋愛アドバイスへ

彼の気持ちがわからず
不安になった彼女が
ためこんだ気持ちを彼にぶつけて
爆発してしまうということは
よくあります。

その不安のもとは自信のなさ。

「彼は私をどう思ってるの?」
と不安になるのは
「私なんて愛されるわけない」
という気持ちがどこかにあるからです。

 
 

「彼だって同じじゃないか」
と思うことがあります。

不安だったり自信のなさだったり
強いストレスだったり。
無力感や罪悪感、自信喪失に自己嫌悪。
本当はキャパを超えてるタスク、
到達目標に達せない数字、
人づきあいに営業トーク、
先延ばしのくり返し、
理不尽と忠誠心の狭間。
建前と本音。
底知れぬ不安と自信のなさ。


 

自爆する女性の不安な感情の根っこが
その生い立ちや過去にあるというのなら
男性だって同じこと。

自己肯定感と
自分を大切にすることの難しさは
男だろうと女だろうと変わりない。

女性にとっての恋愛の悩みの核心が
自分自身の問題であるように

男性が仕事や人生に悩むときには
自分自身の問題もあるのだろうと
そんな風に思えてきました。


 

「男は惚れた女には積極的」
「本気で惚れたら手放さない」
それも間違いではないでしょう。
心が安定しているという前提なら。

でも女だけがやたらに自爆して
男だけがいつも
安定した精神を保っているなんてことは
ないはずです。

人間の心はそう単純じゃない。

それは自爆系の人が
誰よりも実感していること。





付き合いづらさ、
どうにも出口がないように感じるとき、
自爆系の人は自分に原因を求めがちです。
その自己肯定感の低さから。

自分を見つめ、
至らぬことは改善し克服し、
少しでも彼との関係が良くなればと
努力します。
自分が変わればという希望を持って。


 

だけどそれでも
どうにもならないこともある。

そんなとき、
問題を抱えているのは彼なのです。

あなたじゃない。

まず彼が穴に落ち
そこに引きずられただけかもしれない。

自分の暗闇だと思っていたものは
彼の闇なのかもしれない。

そんな風に考えてみることも
必要じゃないかと思います。





ただし男は
自分の心を見つめようとはしません。

感情と付き合うのは苦手、
向き合えば
自分という人間が崩れてしまうと
怖れています。

だから目を背ける、
黙る、
逃げる、
音信不通になる。

そんな男からすれば
女の感情の扱い方は
どうにも理解できないものでしょう。

不安だと言って泣き、
どう思ってるのか教えてと詰め寄り、
気持ちを話し合おうと迫る。

〈感情〉というものを
何より怖れる彼らにとって、
自爆系女子は
手榴弾でお手玉をしているようなもの。

いつ爆発してお互い傷つけ合うのかと
はらはらして見ていられないはず。




だからもしも
彼との関係に付き合いづらさを感じたら。

頑張ってるのに出口が見えないと
苦しくなってしまったら。

まずは自分を信じること。
大切にすること。

たとえ
魔物に飲み込まれてしまった彼を
手放してでも
幸せを目指していいのだと
自分自身に許すこと。

絶対に幸せでいようと決めること。

彼を手放そうと決めたら
そのことに罪悪感を持たないこと。

穴に落ちた彼を
ひとり置き去りにしてもいいんだと
強く信じることが大事です。


 
 

その上で
それでもやっぱり彼という人を
まだ待ってみようと思えるなら。

少しだけ視点を変えて
彼の言動の裏側にある
ネガティブな感情を
見つめてみてもいいかもしれません。

彼自身ですら持て余す
その感情のこと。
誰よりもよく知っている
自爆系のあなただからこそ
彼のその傷に見て見ぬふりをする優しさも
そっと手を当てる思いやりも持ってる。

一緒にその闇に飲み込まれるのじゃなく

受け取ることと伝えることを
根気よくくり返していくことで
出口の光が見えてくることもあるんじゃないかと、

そんな風に思うんです。

 

自分の爆弾は自分で、彼の爆弾も彼が自分で。
 
手をつなぐのは幸せのために。
心中してはいけません。


にほんブログ村 恋愛ブログ 恋愛アドバイスへ

自分が認めたくない負の部分を
誰か他の人から見せられたとき
人は強い不快感を感じるものだそうです。

心理学でいう「投影」というものです。

たとえばネット上の公開恋愛相談でいえば
相談者の悩みの中に
かつての自分と似たものを感じて嫌悪感を持つ、
というようなことがあるかもしれません。

相手に依存しすぎているかつての自分、
結婚できない彼に執着しているかつての自分、
不安ですぐ自爆してしまうかつての自分…。

今はもう見たくない「かつてのダメな自分」を
見せつけられたとき

その嫌悪感が強ければ強いほど
そのダメな部分を必要以上に
厳しく追及してしまうことがあります。

直すべきだとしつこく説教したくなります。

かつてのダメな自分を
認めたくないと思えば思うほど
他人の中にそれを強く感じるのです。

つまりその嫌悪感は
相手そのものではなく
「かつての自分のダメな部分」
に感じているものです。




同じ相談を読んでも
そのダメな部分を
嫌だと全く感じない人もいます。

その人が自分と重ねていなかったり
ダメな部分をダメだと感じていなければ
このような嫌悪感は持たないものです。

また
かつては自分もそうだったとしても

「それも含めて自分だったのだ」と
肯定して認められるようになっていれば
投影よりもっと大きな心で
人に接することができるようになります。


 

もちろん投影が
絶対に悪いというわけではありません。

結局のところ
自分の嫌な部分を人の中に見つけて
その人に厳しくしてしまうのは

嫌な部分を見せつけられることに
耐えられないから。

「自分の心を守るため」に
どうしても必要なことなのです。




ただし
コーチングやカウンセリングの現場では
そんな感情から出たアドバイスは
決して褒められたものではありません。

たとえそれが
自分の心を守るために必要な感情であっても
嫌悪感を含んだアドバイスは
本当の意味で誰かの助力には
なりえないからです。




悪い面だけではなく
良い面の投影もあります。

誰かのことを
「なんて優しい人なんだ」と思うとき
そう感じる自分の中にも
同じ優しさが存在しています。

「できるならそんな風に優しくありたいな」
と思っているから
相手の優しさに好感を抱くのです。

「頑張って!」
と前向きに励ましたくなるとき
相手のひたむきさは
自分自身の中にもあるものなのです。





彼との関係でも
同じことが起きることがあります。

たとえば彼が
ストレスを抱えて落ち込んでしまったとき
彼女も一緒に落ち込んでしまったら。

彼の愛情が冷めたのかと
不安になっている彼女の姿に
彼は自分自身の弱さを見るでしょう。

問題にぶつかって
たちまち自信がなくなってしまった
情けない自分を

彼女が鏡のように映し出すのです。

耐えきれなくなった彼は
「やめてくれ、もう見たくない、
 自分の前から消えてくれ」と思います。

彼の態度に不安になった彼女が
悩んだり泣いてばかりいたら
「好きかわからなくなった」
「しばらく距離を置きたい」
と彼から言われてしまうことがあります。

こんなとき
彼が本当に会いたくないのは
彼女ではなく
「彼女が映し出すネガティブな自分」です。

もちろん罪悪感もあるでしょう。

でも
「好きかわからない」と言い出すのは
大好きだった彼女の中に
最も見たくないダメな自分を感じたときです。





「重い、ウザイ」
というのも同じです。

嫌だと思うのは
自分の中にもその感情があるから。

そしてそれを嫌だと思っているから。
直視できないから。
耐えられず大きな声を上げたり
怒り出してしまう人もいるかもしれません。


 

たとえ
ば彼がストレスを抱えていても
彼女はいつも通り
明るく楽しく暮らしている。

全然会えないし連絡もしていないのに
そのことで悩んでもいないように見える。

愛されてると感じてるように見える。
いきいきと幸せそうに見える。

そんな彼女の姿に
彼は
「問題が起きても強くいられる自分」
「ポジティブな気持ちを失わない自分」
の姿を見つけ、勇気がわきます。

自分もそうありたいと好感を持ちます。
よし頑張ろうと一歩踏み出す力が湧いてきます。





相手に対するネガティブな感情は、
本当は自分自身に対してのもの。

相手から感じるポジティブな感情も、
自分の中から感じるもの。

彼女が見せる姿はいつだって
彼自身を映し出しているのです。




ストレスを抱えて
暗い穴に落ちてしまった彼の力となるのは

心配そうな気づかいではなく
彼女の心から生まれた
楽しさや嬉しさや感謝の気持ち。
不安でも前を向く力。

彼が
愛するエネルギーを失っているときでさえも
彼女は変わらず幸せに満たされている。

自分が幸せでいることで
愛する人をも
幸せに向かわせることができるのだと、

そんな風に思います。

 

そういうとき、
女の方が本当は強いと思うんです。

にほんブログ村 恋愛ブログ 恋愛アドバイスへ

正直なところ、
愛について書いたり話したりするのは
ちょっと気恥ずかしいことです。

「愛ってなにサ」
「そもそも愛されてるの?」
と言われたらちゃんと答えられない。

だから堂々と
「愛」と口に出すことを
ためらってしまう。

不安なときは特に、
愛なんて信じられなくなります。

 
 

そういうときに読み直す本が
『それでもなお、人を愛しなさい』です。

作者は1968年、大学生のときに
〈リーダーシップの逆説10ヵ条〉という
小冊子を書いて配りました。

若き日の彼が、狂った世界に向けて
「anyway(それでも)」
と書いた挑戦の言葉。

25年後、マザーテレサの伝記の中で
自分が書いたものと同じ言葉を見つけます。

〈逆説の10ヵ条〉は海を渡り
カルカッタの「孤児の家」の壁に書かれ、
25年たって彼の元に戻ってきたのです。


※※※(内容まとめ)※※※

この世界は狂っている。
まずはそれを認めなさい。

戦争も略奪も環境破壊も
だからなくならない。

すべては相対的で主観的だと
あきらめる人がいて

不平を言いう人もいれば
希望を捨てる人もいる。

冷笑的な人、悲観的な人、
人生は虚しく意味がないという人もいる。
 

たしかに世界は意味をなさない。
 
あなたが意味をなさないと思うなら。
 

ある面で愛する価値があるとか
ある面では愛する価値がないというなら

あなただって
愛される価値がなくなることになる。

そしてあなたが心から愛したとしても
人は時に感謝を忘れ拍手を忘れ
評価を忘れる。

人は不合理でわからず屋で
わがままな存在だ。



それでもなお、人を愛しなさい。
Love people anyway.



今すぐ見返りがないからといって
相手が扱いにくいからといって
愛することをやめるには
 
愛はあまりにも大切すぎるものだ。

 

正直で素直でいれば無防備になり
助けを差し伸べると
攻撃されることもある。

大きな考えを持てば
小さな心の人々に撃ち落とされ
最善を尽くしたその見返りに
ひどい仕打ちを受けるかもしれない。

すべてはエゴだと言う人もいる。

このおかしな世界で
人はみんな自分勝手なものだと言う。

小さな心、小さな考え、
小さな目しか持たない多くの人が
自分以外の新しい視点をおそれ
このおかしな世界が
このまま変わってほしくないと考えている。



それでも
 
自分が信じて行動すれば
少しずつ人は変わり
世界も変わっていく。

そうでなければ
こんなおかしな世界で
人が生きていく意味はない。

真の満足、深い幸せは
そこからしか得られない。

 

「それでも(anyway)」
と言える力を持つこと。
自分の価値観で生きること。
それは個人の独立宣言である。

愛を制限するのは
人生を制限するのと同じこと。

自分にとって意味がある、
ただそれだけの理由で
人を愛する自由が、誰にもある。
 

※※※(まとめおわり)※※※※※




読むたびに
「それでも愛する」と
堂々と言えることの大切さを痛感します。




私がすれただけじゃなく、
世界は前よりひどくなった。

価値観は多様化したけれど、
人は前より
小さな心で生きているように見える。




恋愛もきっと同じ。

「それでも愛する」と書くことを
恥ずかしいと感じる私。

「その彼からは愛されてないですよ」
と小さな心で意見する人。

それで愛することをやめてしまう人。

愛なんて錯覚だと言う人。
愛より生活だと言う人。
自分の知る愛だけを元に話す人。
結婚以外は愛ではないと考える人。

愛されている自信がなくて
不安になり自爆してしまう女性に
「愛してもいい」と言うことを
ためらってしまう私。

まったくどうかしています。



 

〈逆説の10カ条〉は
いつも大切な場所に戻らせてくれます。

贈りもののようにそっと届きます。

そして
「それでも(anyway)」
と言うことの大切さをあらためて知り、
心がひろびろと自由になります。


 

だから堂々と言います。
恥ずかしがらずためらわず。

自爆しても破壊行動をしても
不安で感情的な行動が抑えられなくても
それで大切な恋を失っても
今はもう離れてしまっても
愛し方が上手じゃなくても
愛されている自信がなくても
やめておけと忠告があっても、

 
 

それでも人を愛しましょう。
彼を愛しましょう。
Love people anyway.
Love him anyway.



その愛は循環して必ずあなたに返ってくる。


〈逆説の10カ条〉が
作者の元に戻ってきたように。


 

愛されるから救われるのじゃなく
愛する自分の気持ちに救われる。

愛し方、愛され方は人それぞれ。
自由になった心で、
新しく見える景色がきっとあります。



【逆説の10ヵ条 (The Paradoxical Commandments)】

人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。それでもなお、人を愛しなさい。
People are illogical, unreasonable, and self-centered. Love them anyway.

何か良いことをすれば、隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。それでもなお、良いことをしなさい。
If you do good, people will accuse you of selfish ulterior motives. Do good anyway.

成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。それでもなお、成功しなさい。
If you are successful, you will win false friends and true enemies. Succeed anyway.

今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。それでもなお、良いことをしなさい。
The good you do today will be forgotten tomorrow. Do good anyway.

正直で率直なあり方はあなたを無防備にするだろう。それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。
Honesty and frankness make you vulnerable. Be honest and frank anyway.

最大の考えをもった最も大きな男女は、最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落されるかもしれない。それでもなお、大きな考えをもちなさい。
The biggest men and women with the biggest ideas can be shot down by the smallest men and women with the smallest minds. Think big anyway.

人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていない。それでもなお、弱者のために戦いなさい。
People favor underdogs but follow only top dogs. Fight for a few underdogs anyway.

何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。それでもなお、築きあげなさい。
What you spend years building may be destroyed overnight. Build anyway.

人が本当に助けを必要としていても、実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。それでもなお、人を助けなさい。
People really need help but may attack you if you do help them. Help people anyway.

世界のために最善を尽くしても、その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。
Give the world the best you have and you'll get kicked in the teeth. Give the world the best you have anyway.
 



にほんブログ村 恋愛ブログ 恋愛アドバイスへ

「重い重いって…うるさいんじゃーっ!」

と思っていました。
前々から。

ビールもタバコもライトライトって
生理用ナプキンもフリースも
ファンデーションのつけ心地も
飛行機の素材も動画の容量も

「世の中そんなに軽くしてどうするんだーっ!」

と思っています。
まして恋愛まで。
人間関係まで。



出会い系とかLINEとか
確かに出会いやツールはライトになった部分もあるけど

好きで好きで寝ても覚めても考えちゃうとか
彼の気持ちがわからなくて不安でたまらないとか
彼は冷めてるけどどうしても別れたくないとか

恋する感情までが軽くなるわけじゃないのに。

「重いとかウザいとか…重くて何が悪いんだーっ!」

と思います。



いつのまにか結婚適齢期どころか
出産リミットだなんだって
恋愛するのに時間制限まで勝手にされて

恋活だ婚活だ復縁だ沈黙だって
洗濯機で脱水されてるみたいに
ぐるぐるぐるぐる振り回されて

汗も涙もしぼり取られてもうカラッカラです。
お肌も髪も、うるおいが大事なお年頃なのに。



せっかく女に生まれてきたのに
軽い女のフリまでしなきゃいけないなんて
なんのために生きてるんだか。



この人生は一度きり。
喜怒哀楽を感じ尽くし伝えきったその先で
「素晴らしき哉、人生」
と言って目を閉じたい。

ビールは麦芽100%の本格派
ウィスキーはストレート
ワインはフルボディ
泡盛は古酒

恋も仕事も遊びも人づきあいも、

誰がなんと言おうとも
私はこれからも
ずっしり重く濃厚に
コクのある人生を生きていきたい。

恋愛に、気持ちに、人生に
軽さなんかいらない。

そしてもし輪廻転生して来世があるなら
やっぱり女に生まれて
重たく濃ゆく生きていくつもり。

誰にも文句は言わせない。

誇りを持って堂々と。


にほんブログ村 恋愛ブログ 恋愛アドバイスへ 

このページのトップヘ