もしかして自分は
あべこべの世界を
生きているのかもしれない

美しく素晴らしく
愛に満ちた世界とはあべこべの
苦しく辛く悲しく
孤独な世界に

自分がずっと
生きているのかもしれない

そう言われてみれば
今いるこの世界は
「あべこべ」なのかもしれない

思い当たることが
少しでもあるなら

だったら
彼だって
そうなのかもしれない。

彼も
同じように

「あべこべ」の世界を
生きているかもしれない。





人に弱味を見せたら
手を貸してくれる
とは思えず
人に弱味を見せたら最後、
がっかりされてしまうはずだ
と思う。

成果や結果も大事だけれど
プロセスだって同じくらい大事だし
プロセスそのものを楽しむことだって
あっていいのではないか
とは思えず
成果がすべてだ
と思い込んでいる。

人に本心を打ち明けたり
ネガティブな感情を見せたら
よりお互いの心が近づく
とは思えず
人に感情を見せてもきっと
拒絶されるか無視されるか
迷惑をかけてしまう
と思う。

問題は
自分ひとりで解決すべきだと
決めつけている。

感情的になるのは
男らしくないと思う

誰かに心を開けば
きっと傷つけられる
と怯えている。

誰かに近づきすぎたら
自分が自分じゃなくなってしまう
と怖れている。

大切な人が
悲しそうな顔をしていたら
それは
自分に責任があると思う。
自分が責められていると思う。

何も力になれないなら
声をかけてはいけないと思う。

常にリードしなければ
男性として無価値だと思う。

行動にしか意味がないと思っている。
共感しかできないなら
役立たずだと思っている。

一度でも失敗したら終わりだ
と焦っている。

余裕のない姿を見せたら
失望されると思う。

何も与えられなくなったら
嫌われてしまうと思い込んでいる。

ありのままの自分では
愛されるわけないと確信している。

愛は条件つきのものだ
と思っている。

どんな恋人も
いつかきっと
自分に愛想を尽かして
離れていってしまうと
そう思っている。





「あべこべ」の世界に生きるのは
女性だけではありません。

その人生のはじまりに
世界に入り口に立ったとき

「役立たずは歓迎しないぞ」
というメッセージを受け取ったり

「弱虫は追放するぞ」
と脅されたり

「有能でなければならない」
「強くなければならない」
「役に立たなければならない」
「活躍しなければならない」
「尊敬されなければならない」
たくさんの規律が書かれた
ルールブックを渡されたり

そうやって
世界がぐるりと反転してしまった男性は
少なくありません。

女性だけじゃない。

「あべこべ」の世界で
愛が信じられない男性だって
たくさんいます。

きっと
女性と同じ数だけ
いるのです。




「あべこべ」の世界で
生きづらく生きるふたりが

あるとき出会って
恋をして
心がめいっぱいに開いたそのとき

まず
世界の入り口に立つ前の記憶が
ふわっと無意識に
甦ります。

この扉を開けたら
どんな世界が待っているのだろう。
この世界で
どんなに素晴らしい経験ができるだろう。

希望に胸をふくらませ
ワクワクして扉に手を掛けていたときは
まだ
愛を信じていたにちがいない。

たとえ愛を知らなくても
素直に信じて受け入れられるだけの
まっさらな心でいたにちがいない。

彼の大きな腕に抱かれているとき
彼女の小さなからだを包み込むとき

無垢に純粋に
愛を信じられたときの記憶が
ふたりの心に甦るのです。

まぎれもなく
愛がそこに存在するのを
感じます。

ふたりで。
ふたりとも。
一緒に。




だけど
その至福の時間は
あまり長続きしません。

まっさらの心で
愛を信じた
その次の瞬間、

扉を開けたときの記憶が
また無意識に
甦ってしまうのです。

歓迎されなかったこと。
祝福されなかったこと。
そのことで
自分を責めたこと。

怒りも悲しみも
小さな心に閉じ込めて
蓋をしたこと。

誰も
ようこそ!と
手を差し伸べてくれなかったこと。

誰も
生まれてきてありがとうと
抱きしめてくれなかったこと。

世界の入り口に
立ったばかりのそのときに
ひとりぼっちで
置き去りにされてしまったこと。

その記憶が
甦ってしまいます。

「あのときと同じ」。

無垢の心で
愛を信じたばっかりに
傷ついて辛い思いをした。

愛される自分ではなかったのに
期待したぶんだけ
絶望も深くなった。

だから
余計に怖くなる。

またくり返して
悲しい思いをするくらいなら、と
自分から離れてしまう。
自分から壊してしまう。

そうして
「あべこべ」の世界に
戻ってしまいます。

どんなに生きづらくても
なじみのある方が安心。
だから
「あべこべ」の世界に
いつづけてしまうのです。




自分の土壌が「あべこべ」で
彼の土壌も「あべこべ」だったら

彼より先に
自分の「あべこべ」を
元に戻していくことです。

彼のオセロの石まで
ひっくり返していくには

自分のエネルギーが
まだ足りなさすぎるから。

まずは
自分自身が
あべこべじゃない世界に立つこと。
本来あるべき世界に戻ること。

彼のことはそのあと、

自分自身が
栄養たっぷりの土壌によって
支えられてから。





ただ

彼のあべこべを
直してあげることはできなくても

彼の世界のあべこべさを
理解することはできます。

あべこべの世界に生きる自分だからこそ
彼の世界が
どんなにあべこべなのか
わかるはずなのです。

あべこべに生きることが
どんなに苦しいことか。

あべこべしか信じられないことが
どんなに寂しいことか。

はたから見れば
滑稽にさえ見えるあべこべが
本人にとっては
いかに切実なものであるか。

あべこべの土壌に
蒔かれてしまった種の
やり場のない悲しみがわかるのは

同じあべこべを
生き抜いてきたいのちだけ。

裏返しになった世界で
たくさんの棘を自分に向けて
心を傷つけてしまう、
その痛みが
どんなものであるのか、

同じ痛みを知るからこそ
わかることもあるはずです。




自分が
あべこべの世界に生きているのなら

もしかしたら彼だって
あべこべの世界にいるのかもしれない。

そう思えば

冷たく見えたり
不器用に見えたり
意味不明に思える
その愛が

ただ
あべこべになっていただけだったのだと
少しずつわかるようになる。

あべこべでも
あべこべなりの愛があると
感じられるようにきっとなる。

そういう風に思います。


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